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「別れようぜ」

 蘭にそう言われた時、私には少なからず衝撃が走った。それはフラれた悲しみなどではなく、私達は形として付き合っていたのだという、そういった驚きもあった。何しろ蘭は気分屋なのだ。私と付き合っている時だって何度か他の女に浮気をしたこともあったし、私を放置したかと思えば執拗に構ってくる時もあった。今はその中の突き放したい気分、ということだろうか。

「わかった」

 蘭に振り回されるのは慣れっこである。私が言うと、蘭は理不尽に怒るでもなく頷いた。まるで漸く次の話ができるとでも言うように。

「じゃあ付き合おうぜ」
「は?」

 今度こそ私は素っ頓狂な声を出した。別れるのはまだ理解できる。蘭という男にとって、女は一時の快楽を満たす手段であるはずだ。しかしすぐに付き合うと言うのなら、先程の別れに一体何の意味があったのだろう。

「オマエが付き合ってほしいって言った時オレ何て言ったか覚えてる?」

 私が蘭に縋った覚えはないのだが、蘭の中ではそうなっているらしい。突っ込む気にもならず、私は当時のことを思い起こす。空気が冷たくなってきた頃、蘭は赤い鼻で私を振り返った。

「女ってみんな結婚迫ってきてメンドクセー。結婚しないなら付き合ってもいいぜ」

 そう言う蘭は冬だというのにやけに薄着だったのを覚えている。私が上着を貸そうとすると、「女に借りるなんてダセェ」とも言わずに素直に温まった。私達は結婚しないことを約束に、付き合いを始めた。

「やっぱりオレ、オマエと結婚したくなったワ」

 蘭は笑っていた。それが気まぐれであることも、またすぐに浮気や別れが訪れることもわかっている。けれど私は嬉しくて、その後のことなどどうでもよくなってしまうのだった。私も蘭と付き合っている内に、後先考えなくなってしまったのだ。こうして似た者同士になるのも悪くないと思えた、夏の始まりだった。