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「好きです」

 目の前の女は頭を下げた。その後に続く言葉はないが、付き合ってほしいということだろう。残念ながらその気持ちに応えることはできない。

「うち恋愛禁止だから」

 仮に彼女が好きな女であっても、だ。別に苗字は好きでも何でもないのだが、言い慣れた言葉を並べておく。他の女子と同じようにしおらしくなるかと思いきや、苗字は目を剥いてこちらを見た。

「もう一年も好きなんだよ!? イケメンの告白断っちゃったんだけど!」
「知るか」

 何故俺に当たるのだ、と言いたくなる。勝手に好きになったのは苗字ではないか、と言ったら怒られるだろうか。だが既に叱咤を受けているのだ。そもそもイケメンの告白を断ったことを後悔している時点で俺のことを本気で好きだと言えるのか? 俺は反抗心を尖らせる。

「なら最初から恋愛禁止って言ってよ!」

 苗字はなかなか難しいことを言う。自分のことが好きかもわからない女に言って回っていたらだいぶ頭のおかしい奴だろう。自意識過剰と思われてクラスから浮くに違いない。今も、クラスに馴染めているかは定かではないが。

「責任とれー!」

 苗字の遠吠えを好きなだけ聞いてやった後、俺は告白現場を後にした。悪いとは思っている。まさか、一年も好きだなんて。思えばこの時点で、俺は苗字に惹かれていたのかもしれない。

「仕方ないから責任とってやる」

 部活を引退した後、俺は苗字を呼び出した。素直に好きだとか付き合おうとか伝えられないのは俺の性格ゆえだ。想定外だったのか、苗字は目を丸くした。

「佐久早ってそんなに私のこと好きだったの?」
「好きなのはお前だろうが」

 思わず即答してしまう。俺は苗字の告白に応えているのであって、俺から告白しているわけではない。先に好きになったのは苗字のはずだ。なのに何故そんなに得意げな顔をするのだろうか。ああ、もどかしい。