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※佐久早にモブ彼女がいます

「聖臣童貞卒業おめでとーう!」

 家へ入った途端弾ける高い声に心底うんざりとした。今日名前が俺の家にいるのは、大方名前の母親から何かのお裾分けをするように言われたからなのだろう。幼馴染という関係が嫌になる。何度目かわからない感覚が俺を襲う。

「異性の、それもずっと好きだった奴に童貞卒業を祝われる俺の気持ちがわかるか」

 俺は玄関の棚にマスクを置いた。目の前の名前は動揺すら見せない。そういう奴だ。俺がずっと好きでいたことも、知った上で何もしなかったのだから。

「何で? おめでたいことじゃん」

 少しは寂しいとか、そういう感情はないのか。責めるように視線をやると、名前は腕を組んで俺を見下ろしてみせた。

「私ばっかり好きでいて一生童貞かと思ったんだから」

 いくら何でも言っていいことと悪いことがあるだろう。少なくとも俺のプライドは今傷付けられた。

「言っとくが今でもお前のことは好きだからな」

 俺は脅しのように名前を睨む。その気になれば、ここで襲うことだってできる。

「じゃあ彼女のことは好きじゃないの?」

 名前の言葉に、俺は後ろめたくなるように視線を下げた。

「彼女は彼女で、お前はまた特別なんだよ」

 初めてを捧げた彼女だ。好きでないはずがない。だが名前は好きではないのかと言われたら、答えるのが難しい。名前はそんな繊細な男心など、わからないかもしれないけれど。

「ふーん。気持ちよかった?」
「話を聞け!」

 少し真面目な話をしたと思ったらこれだ。全く難儀な女を好きになってしまった。いや今の彼女は別の子だからいいのだが、俺が名前から解放される日は一生来ないのだろう。