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「好きな人? いるよ、苗字さん!」

 木兎さんと久しぶりにご飯を食べている時、木兎さんは恥ずかしげもなく口に出した。俺はピラフを食べる手を止めて、数秒の間考えに耽る。今は別に木兎さんに浮いた話があるかと聞いたわけではない。少し話が恋愛に傾きかけたという頃、木兎さんの方から自己申告したのだ。そういえば木兎さんとはそういう人だった。このペースで上手く恋愛できているかはわからないが。

「食事とか、行かないんですか」
「んー、食べたいもんが肉しかねぇからなぁ」

 流石の木兎さんでも口説き落としたい女性を焼肉屋に誘うという行為はしないようだ。安堵すると共に、俺の中に何かが漲る。折角木兎さんが俺を頼ってくれているのだ。これは何としても成就させたい。

「今リンク送りました。このお店どうですか」
「おっ、いい感じじゃん! 流石赤葦!」

 俺は心の中でほくそ笑む。今送ったのは、芸能人がお忍びで訪れることで有名な店だ。何故俺がそれを知っているかは置いておいて、周りには確実にパパラッチがいることだろう。無警戒な木兎さんのことだ。撮られるに決まっている。熱愛報道でも出れば周りを固めたも同然である。苗字さんには悪いが、本人の意思に関わらず恋仲になってもらう。

 そう思っていたのが一週間前のことだ。適当に入った居酒屋で、バレーの試合が流れていた。無意識に木兎さんを探すよりも早く、テレビからよく知った声が流れてくる。

「苗字さん、来てくれてありがとー! 好きだぜ!」

 会場のどよめく声が聞こえる。だが誰よりも驚いたのは俺だった。いや、嘘だ。一番驚いたのは苗字さんだろう。俺は小さく笑う。木兎さんは俺がお膳立てなどしなくても、一人で恋愛くらいできるのだ。その方法が正攻法であるかは謎であるが、俺は何と差し出がましかったのだろう。

「どうした?」と言う同僚に首を振って、俺は席に着いた。二人の幸せはもう、俺には関係のないことなのかもしれない。今日のお酒は祝杯のようでいて少し苦い。