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 佐久早聖臣はモテる男だ。元から長身にアンニュイな瞳で一際目立っていたが、高校二年の夏インターハイで優勝したことでその人気は爆発した。かく言う私も周りの流れにあてられて佐久早君へラブレターを書いた内の一人である。当時の佐久早君の下駄箱には、毎日のようにラブレターが入っていたのではないだろうか。私の想いは所詮高校生が抱えられるくらいの気持ちなのだが、私なりに本気であったことを覚えている。手紙を入れた三日後、佐久早君に呼び出されて私はお断りをされた。当時はそれなりに傷付いたものだが、翌年同じクラスになると何事もなかったかのように友達に戻ったのを覚えている。

 どうしてこのような話をしているかというと、二十六歳になった私は佐久早君に呼び出されたからだ。一体何事かと思ったが、佐久早君が手に持っている便箋を見て察した。「お前のラブレター、やっぱ面白いよ」そう語る瞳は、楽しそうに笑っている。

 私は悔しさを飲み込みながら佐久早君を見上げた。

「何、いきなり」

 佐久早君は便箋を裏返しながら告げた。

「手紙の整理してて、一際異彩を放ってたから」

 佐久早君は淡白そうに見えて意外と情のある男である。貰ったラブレターは、全て保管しているらしい。この言いぶりだと高校時代のもの全て取ってあるのではないだろうか。

「あんまりにも面白かったから、捨てられなかった」

 私は下唇を噛む。ラブレターを取っておく佐久早君が、整理しようと思ったきっかけがあるということだ。言われていることは嬉しいのに、私の前には悲しい予感があった。過去の恋愛に精算をつけなければいけないこと――つまり、人生を共にする人を選んだのではないかと。

「他の手紙は捨てちゃおうと思った何かがあるんでしょ」

 私が渇いた口で言うと、佐久早君はすんなりと答えた。

「ああ、来月から海外移籍する」

 まだ公にはしてないけど、と続いた言葉を、私は唖然として見守っていた。結婚ではなかったのだ。何か言わなければと焦って、私は素直に口走る。

「結婚でもするのかと思ってた」
「しねぇよ、安心しろ」
「安心って何!?」

 佐久早君の言葉に思わず反応する。まるで私の気持ちを見透かしているかのような言いぶりだ。佐久早君は私の方を見ると、「安心して俺を好きでいろ」と言った。

「佐久早君、まだ私が好きだと思ってるの?」

 私がラブレターを贈ったのは高校時代だ。いくら何でも傲慢すぎる。そう思うのに、佐久早君は平然とした表情を浮かべた。

「そうじゃねぇの」

 今日、結婚するのだと思って悲しんだことを思い出す。佐久早君が私の内心の全てを察したかはわからないが、やはりこの人には勝てないのだ。私は諦めて白旗を振った。