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 男とはどこまで行っても女が好きなものだ。井闥山高校バレー部でもそれは例外ではなく、試合前だというのに選手の視線は観客席へ向いていた。

「可愛い子探ししようぜ!」

 言い出したのは女好きで有名な先輩である。佐久早はちょうど近くにいたし、逃れようがないだろう。佐久早は諦めて視線を一点に止めた。

「客席の前列右から三番目が可愛いと思います」

 先輩達が盛り上がるような声が聞こえる。それに聞こえないふりをして、佐久早は準備運動に励んだ。

「佐久早が私のこと可愛いって言ってたってほんと!?」

 翌日、どこからか苗字本人が聞きつけたようだった。あの先輩は口も軽いのだ。苗字に先輩が言いつけている図を想像すると舌打ちしたくなる。

「面倒だからお前で済ませただけだ」

 佐久早は至って冷静に次の授業の準備を進める。しかし逃がさないと言うように苗字が佐久早にまとわりついた。

「何で私使うの!」
「お前なら別にいいだろ」

 そこには少しの甘えも含まれている。苗字なら勝手に名前を使っても許してくれる、そんな甘えが。しかし苗字とて好意にあぐらをかかれるのは嫌なようだった。

「私だって浮かれたり喜んだりするんだから!」

 怒ってみせているが何も怖くない。恐らく苗字が佐久早に本気で怒れることはないのだろう。佐久早も苗字を傷付けるようなことはしないが。

「だからそれがいつものことだって言ってんだろ」

 佐久早は端的に言って、話は終わりだとばかりに顔を背けた。まだ文句のありそうな苗字が何かと喚いている。いつも佐久早のことで浮かれているくせに、今更何だと言うのだ。佐久早は我関せずを貫いた。