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 飛雄の日本代表入りが決定した。私がそのニュースを聞いたのは、公式から世間に発表される数時間前のことだった。私と飛雄は東京のレストランで食事をしていて、突然の発表に私は少し面食らった。

「そっか。おめでとう、飛雄」
「あざす」

 何の前触れもなく言われたから驚いただけで、私は飛雄ならオリンピックの代表入りは確実だろうと思っていた。私はバレーに詳しいわけではないが、飛雄がプロの中でもトップクラスの選手だということは見ていてわかる。今までだって飛雄と付き合っている実感なんてあるようでなかったのに、オリンピックにまで出るとなったらいよいよ飛雄は雲の上の人になってしまう。

「二〇二一年かぁ……」

 数年先の、東京でオリンピックが開かれる日のことを考える。その時には飛雄は日本全国からの応援を受けて、飛雄を知らない人の方が珍しくなってしまうくらいなのだろう。

 東京オリンピックの後も飛雄と付き合っている自信は、正直ない。飛雄の気持ちを疑っているわけでも自分の気持ちを疑っているわけでもない。それでも、環境が変われば変化してしまうのが人間というものだろう。

「飛雄は何があっても幸せにやれそうだよね」

 飛雄が私と別れても、飛雄の隣にいるのが私ではなくなっても。言外に込めた意味を飛雄は受け取っていたらしい。

「名前さんが、幸せにしてくださいよ」

 私は驚いて飛雄を見た。飛雄はどこか居心地が悪そうな、試すような視線で私を見ている。飛雄のいつものわがままよりも、少し真剣な心地がした。

「それってプロポーズ?」
「そう受け取ってもらって構いません」
「それって私が結婚したがりみたいなんだけど」

 仮にも私はアラサーである。私がその場の雰囲気を誤魔化すように笑うと、飛雄が「結婚したくないんですか」と聞いた。

「そりゃ……したいけど」
「俺もしたいです。結婚しましょう」
「……なんかこんな簡単でいいの? 飛雄、花束とか指輪とか用意しなくてよかったの?」

 あまりにも淡々としたプロポーズに私は思わず口を挟む。照れると茶々を入れるのが私の悪い癖だ。

「いりません。俺に必要なのは、名前さんだけですから」

 その言葉を聞いた瞬間に、私は胸が締め付けられるのを感じる。飛雄の言う通りだ。花束も指輪もいらない。この瞬間のときめきがあれば、私はこの日のプロポーズを一生忘れないのだろう。