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 佐久早は休み時間を一人で過ごす男だった。教室は騒ついており、私が佐久早の元へと行っても誰一人気にかけない。退屈そうな顔をしていた佐久早は、私が立ち止まったことで顔を上げた。

「何だよ」
「試合勝てるようにおまじない」

 私の笑顔を見て、佐久早は呆れたように息を吐いた。佐久早は良く言えばシニカルで、悪く言えば斜に構えている。

「自分の力で勝つからいらない。やらしいことがしたいなら素直にそう言え」
「折角人が善意で言ってるのに!」

 私は憤慨した。それが図星だからなのか、善意をふいにされたからなのかわからない。佐久早は疑るような目を私に向けた。

「下心だろ」

 そう言われてしまえば否定できない。何せ私は佐久早のことが好きなのだ。私は言葉が出ないまま何度か口を動かした。

「ていうかやらしいことじゃないし!」
「じゃあやってみろよ」

 言質をとった、と考えるべきだろうか。佐久早は試す気満々である。私は緊張したまま佐久早の手をとった。そのまま両手で包み込む。私がおまじないと言ったのはただ手を握るだけで、何もいやらしいことではないのだ。

 佐久早は黙り込んで顔を背けていた。その口元にはやや力が入っている。佐久早が照れているのは明らかだった。

「やってみろよって言ったの佐久早だよね?」

 仕返しとばかりに私が言うと、佐久早は力なく呟いた。

「それとこれとは別だろ……」

 結局、応援になったのかどうかはわからないが佐久早の珍しい姿を見られたのでよかったのかもしれない。手に佐久早の感触が残る私もまた、心が落ち着かなかった。