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 それは何かの拍子で侑君が私のクラスを覗き込んでいた時のことだった。

「ほーん、治の彼女ってお前か」
「え?」

 侑君は私を見つけ、遠慮もなく視線を上下に走らせる。そもそも彼女でもないのだけど、この後には「お前じゃ釣り合わん」のような一言が続くのだろうか。侑君は好きなだけ私を見た後、「フン」と言って教室から離れた。何だったのだろう。教室の喧騒に取り残され、私は呆然とする。一番は治君に聞くのが早いだろう。だが治君に尋ねるにはそれなりの勇気が必要だった。まるで私が治君を恋愛対象として見ているかのような。しかし別にそうなってもいいと思っていた。

「ほんますまん、侑と話してて、見栄張って苗字さんが彼女やって言うたんや」

 試しに聞いてみると、治君は素直に謝った。どうやら治君のせいであったらしい。私が治君の気を引きたいから嘘をついている、ということにならなくてよかった。

「私で見栄を張ったことになるん?」

 私は容姿も何もかも平凡な、人気とは程遠い女だ。対照的にクラスの人気者の治君が見栄を張るには、私では足りないだろう。

「そら苗字さんはべっぴんさんやから」

 治君は流れるように言ったが、それがお世辞であることは明らかだった。私達の間に微妙な沈黙が流れる。耐えかねたように治君が口を開いた。

「ほんまは、俺が苗字さんのことええなって思っとったから」

 らしくもなく私の心が弾む。これではまるで、恋をしているかのような。

「侑は口軽いから、もう噂になっとるかもな」

 治君と私の目が合う。治君は何かを求めている。

「付き合う?」

 私は息を吸い込んだ後、掠れた声を出した。

「は、い」
「ほなよかった」

 治君は笑顔だ。始まりは治君が嘘をついたことなのだから、はめられた気がしなくもない。だがそれでもいいかと思うくらいには、私も治君に惹かれていた。