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 昨日は県予選だった。俺達はまたしても白鳥沢の前に敗れた。学校では平気な顔をしていても、やはりわかる人にはわかってしまうらしい。会話が途切れたふとした沈黙で、苗字は唐突に拳を握った。

「努力は必ず報われる! 私が証明する」
「どうやって?」

 もはや「俺のためにいいよ」とか「ありがとう」とか言うことすら面倒くさい。苗字が突拍子もないことを言い出すなどいつものことなのだ。俺は振り回されることに慣れている。

「今日から及川にアタックしまくる! それで及川に振り向いてもらえたら勝ち」

 要するに、苗字は俺に努力は報われると証明したいのだろう。だがその過程で俺を巻き込むのはどうなのだろうか。苗字が去ってから、俺は一人呟く。

「つーか、努力は報われるって信じようとしたら俺あいつと付き合うしかないじゃん」

 俺が前向きになるために始めた証明なのに、そうするには俺が苗字を好きになる必要がある。計算していたら大したものである。苗字のことだから十中八九偶然だろうけど。

 それから、苗字のアタック(という名の俺への執拗な構い)が続いた。時には鬱陶しくなるものの、俺を元気にさせるためにしているのだと思ったらどこか愛着を感じた。特別に変わるのは、簡単なことだった。

「お前の勝ちだよ。俺はお前が好き」
「よかった」

 俺の前で苗字は微笑んでみせる。その顔に、自らの欲はない。

「努力は報われるって信じられるから、今度は俺が報われに行ってくる」

 俺達の隣には青葉城西高校卒業式の看板が立っていて、俺達は胸に花を添えていた。俺達は今日、高校を卒業する。俺は単身アルゼンチンへと赴く。

「行ってらっしゃい」

 最後まで俺を励ますことに徹底したこの女を手放すことを、俺はやはり惜しく感じた。