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 目が覚めると、ラブホテルと思われる一室にいた。私は酒で痛む頭を抑えながら昨日の記憶を掘り起こした。昨日は、飛雄と侑と飲んでいた。何でも、飛雄が私と飲みたいと言い出したらしいのだ。共通の知り合いである侑が場をセッティングし、侑は手を振って先に帰った。残された私達はどうせホテルに行くものだと思っていたから私は上限を気にせずに酒を飲んだ。そのくせ「そろそろ時間大丈夫ですか」なんて言う飛雄を引っ張るようにして、私はホテルになだれ込んだのである。

 性に疎いイメージがあったが、そこはやはりプロスポーツ選手と言うべきか、自他共に認める経験豊富の私でも満足する時間が過ごせた。今はフリーだし、飛雄とセックスフレンドになっても面白いかもしれない。初心な飛雄のことだから、「そういうことは付き合ってからしましょう」と言うのかと思ったが、案外性には開放的なようだ。飛雄とはいい関係が築けるだろう。飛雄も目が覚めたのか、私の隣で大きな塊が動いた。

「……おはようございます。体痛くないですか。あと、今日の予定は大丈夫ですか。俺のせいで何かあったら、責任取りますけど」

 途端に踊っていた私の心が鎮まるのを感じた。私達は昨日一回体を重ねただけの、いわば他人だ。わざわざ飛雄に責任を取ってもらう必要などない。それに私だって経験があるのだから、体の心配をされる筋合いもない。親切な言葉だとわかっているものの、昨晩寝た相手から言われると妙に私のプライドが擽られるのだった。私は飛雄に背を向け、もう一度寝る体勢になる。

「一回寝たくらいで彼氏面しないでくれる?」

 飛雄がこれに傷つくくらいの純情な青年であれば、私達の仲はそれまでだ。わかりましたと態度を改めてくれるのであれば、これから付き合っていくことも考えなくもない。私が目を閉じると、「わかりました」と声がして体を引っ張られた。

「……は?」

 私は再び仰向けになり、飛雄がその上に覆いかぶさっている。昨晩と同じ体勢だ。それどころか飛雄はサイドテーブルから避妊具を漁り始めた。

「これで足りるか……」

 ホテルの避妊具は十分な量を用意されているはずだが、飛雄は何を言っているのだろうか。私は慌てて飛雄の腕を掴む。

「待って、何してるの?」
「名前さんが言ったんじゃないですか、一回寝たくらいで彼氏面するなって」
「だから何でセックスになるの?」
「名前さんが降参するまで寝たら、彼氏になれるかなと思って」

 突っ込みたいところは山ほどあるが、まずは飛雄に性のいろはを叩きこんでやりたい。セックスとは互いが楽しむためのものであり、決して降参させるとか勝負を決めるためのものではない。私は昨日の話まで遡り、なんとかこの場をまとめようとする。

「要するに、飛雄は私が好きなんだよね?」
「はい。だから彼氏になりたいなって」
「だからと言って私が失神するまでセックスしたら彼氏になれるわけじゃないから」

 そう言うと飛雄は驚いたような顔をした。本気で限界まで抱くつもりだったのだろう。危うく飛雄に抱き潰されるところだった。

「じゃあ、どうしたら彼氏になれるんですか?」
「え? そりゃあ……告白したり、付き合ってくださいって言ったりとか?」

 飛雄のストレートな質問に私は世間一般でいう答えを並べる。だが飛雄はそれも本気にしたようで、ベッドの上に正座し、「好きです、付き合ってください!」と言った。

「まあ……いいけど……」

 正直飛雄はセックスフレンドにと思っていたが、彼氏にしても悪くはない。私が答えると、飛雄は拳を握って「よっしゃ!」と言っていた。ラブホテルのベッドの上で裸になりながら、私達は何故中学生のようなことをやっているのだろうと思った。