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 私の話を聞いて、古森は困ったように笑った。その笑みは明るいくせにどこか呆れが含まれており、普段私が見ている古森は彼のほんの一部でしかないのだろうと思った。

「普通乗り換えるなら関わりの少ない男を選ばない?」

 古森は左右の手のひらを組み、指を弄る。もうすぐ部活が始まってしまうので悠長にしている余裕はないのだけど、古森は微塵も焦る様子がなかった。

「俺佐久早の従兄弟でチームメイトなんだけど」

 そう言う古森は苦情をつけているくせに笑っている。古森と聖臣の関係性くらい、とうの昔から知っている。その上で私は古森を選んだのだ。

「いいでしょ。古森がちょうどよかったの」
「ちょうどいい、ねぇ……」

 古森は思案するように遠くを見る。今古森の頭の中では、聖臣の元カノである私が何故古森を選んだのかとか、そもそも何故私達が別れたのかということが広がっているのだろう。古森は視線を戻し、蛇のような目で私を見据える。

「俺のことを利用するのは自由だけどさ、俺はちゃんと本気で好きになるよ?」

 それは私が本気で古森を好きではないと言っているようだった。事実、その通りなのだ。ただの興味本位、古森を知りたくなっただけ。古森が律儀なのが意外だった。

「そうしたら聖臣から私を守ってくれるってこと?」

 聖臣は私と古森が付き合ったと知ったら必ず怒るだろう。彼はわりと人の問題にも突っ込んでくる男だ。

「佐久早は苗字のこと攻撃したりしないよ、するなら俺」

 古森は親指で自分を指差す。私より古森の方が、聖臣をわかっていると言えた。

「俺に乗り換えるのはいいけど、俺から乗り換える時は覚悟しとけよ」

 結局私の申し出は承認されたのだろう。古森はバッグを持って立ち上がった。想定外のことがあるとすれば、古森が意外にも恋愛に真剣に向き合っているということだった。だが、生憎私は重い男に慣れている。彼の従兄弟である聖臣によって。古森の背中を見送りながら、私は古森のことを知っているようで何も知らなかったのだと思った。