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 俺はでかい体に反して気配が薄いらしい。突然現れて人を驚かせてしまうのも慣れた話だ。教室の中を歩いていて、ふととある机に目が止まった。それも自然と言えるだろう。女子生徒――苗字名前が何やら書き込んでいる紙には、俺の名前が書かれていたのだ。

「何で俺の苗字書いてんだ」

 俺は立ち止まって話しかけた。普通の女子ならスルーするところだが(それでも気になるが)苗字ならば平然と切り込むことができた。苗字だって、大した意味はないのだろう。そのはずが、苗字は大袈裟に顔を上げ紙を手で隠してみせた。

「こ、これは佐久早の苗字が珍しいなと思って! 練習!」

 何故練習をするのだと思ったが、そういえば苗字は実行委員の役についていた。クラスメイトの名前を書く機会もあるのだろう。それにしては少し、動揺しすぎな気もするが。

「ふーん」

 俺はあまり気に留めないことにし、何事もなかったかのように通り過ぎる。次は確か日本史だ。教科書やノートを取り出し、俺は授業に集中した。苗字のことなど頭から消え去っていた。そのはずが、とある一言によって俺の意識は浮ついたものになってしまう。

「北条政子は、結婚後も源姓に変えませんでした」

 普通、結婚したら苗字を変えるのだ。勿論相手の苗字が珍しければ練習もするだろう。それに、俺に見られた時のあの態度。

「あいつ絶対俺のこと好きだろ……」

 俺の嘆きは誰にも聞こえていなかったことだろう。俺はこんなに狂わされているのに、平然と授業を受けているあいつが少し憎らしくなった。