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 夏休み取得時期が近付いてきた。毎年この時分には、夏休みの申請の処理で私の仕事はかなりの時間をとられる。大抵は問題なく承認するのだが、一つ目に止まるものがあった。別に大事な時期に休みを申請しているというわけではない。ただ、申請フォームの書き方に問題があったのだ。

「あのね、休暇申請には日付と休暇の種類だけ書けばいいの。有給か、夏季休暇か、特別休暇か。プライベートの予定を書く必要はない」

 彼――黒尾くんの出した申請書には、申請理由が細かに書かれていた。それはもう、普通ならば憚られるだろう理由まで丁寧に。

「すみません、俺の予定を伝えたかったもんで」

 私のデスクの前に立っている黒尾くんは反省の色が見えない。というより、今この瞬間も取引をしているかのようだ。私はもう一度自分のパソコンを見た。黒尾くんの申請書には、「デート」とはっきり書かれている。

「実はこのデート、まだ相手が決まってないんですよ」

 私は疑うような視線を黒尾くんへ向ける。定時内だが会議が行われており、席には人が少なかった。どこかで紙詰まりを起こしたコピー機がエラー音を吐いている。

「苗字さんも一緒に休みません?」

 案の定交渉の段階に入った黒尾くんに、私は呆れのため息をついた。

「そんなことしたらすぐ周りにバレるでしょ」

 ただでさえお節介な人が多い職場なのだ。面倒ごとは起こしたくない。

「予定の内容を書く必要はない、でしょ?」

 私は眉を上げた。確かに、二人とも「デート」と書かなければ夏季休暇が被るのはよくある話だ。黒尾くんは悪戯な笑みを浮かべて姿勢を正す。

「俺は休み中も苗字さんからなら社内連絡受け付けてますんで、よろしくお願いします」

 私も休みをとる上に、私から誘えと言うのか。思わず文句を言いそうになったが、それは私が勝手に恋愛方面へ解釈しただけだと気付き閉口した。ここまで全て黒尾くんの手のひらの上である気がして、少し悔しい。