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「付き合ってくれないか」

若利にそう言われた時、私はさして驚かなかった。若利が私を好きなことを知っていたからだ。それだけではない、私は若利のことを恐らく本人の次によく知っていた。生まれた時から一緒の幼馴染とはそういうものだ。何かと同じ扱いを受け、数々の節目を共に過ごし、まるで兄妹かのような錯覚に陥る。自然と湧く愛着の中には友愛、親愛、家族愛のどれもが含まれていただろう。思春期に入ると共に私が若利に抱く感情には恋愛が加わった。しかし取り立てて本人に話すほどのことではなかったし、逆にわざわざ隠そうとも思わなかったから私はそのままにしておいた。若利も同じだったのだと思う。こうして私達は、互いが互いを好きであることを知りながら幼馴染という関係に甘えてきた。私達が抱えている恋慕の情は、あくまで親愛や友愛と並ぶ感情の一部に過ぎないのだと言い聞かせて。

しかし若利はそれをやめた。私達の関係を変えようと、今まで互いに見ないふりをしていた一線を超えたのである。若利の告白を受けてまず私に浮かんだ言葉は「何で」だった。

「何で私と付き合おうと思ったの?」

今更、という言葉は飲み込んで若利に尋ねる。すると若利は相変わらず真っ直ぐにこちらを見ながら答えた。

「事前に付き合わないと結婚できないからだ」
「それなら別に今じゃなくてもいいんじゃない? 今じゃなきゃいけない理由があるの?」
「特にない」

相変わらず馬鹿正直で潔いこの男は堂々と言ってのけた。しかし考えてみるとどうだろう。私は若利をずっと好きだった。多分若利も私をずっと好きだった。

「……それって付き合うのは結婚する一年前でも中学の頃でもよかったってことだよね?」
「そうだが」
「なんか損してない? 私、若利ともっと早くから付き合いたかったよ……」

私の中の子供の部分が爆発してしまう。そう、幼馴染という盤石のようで脆いポジションで私は若利が女の子に人気を博すのを指を咥えて見ていたのだ。それなら自分から告白すればよかったのにと言われればそれまでだが、もっと早くから若利を自分のものにしたかった。どうせ行き着く場所が同じなら、幼馴染として過ごしたこの数年間がどこか勿体無い気がしてしまう。

「すまない。代わりに結婚を遅らせるか」
「それ多分意味ないよ若利」

次第に話は移り変わり、最後は若利にインターハイ頑張ってねと言って別れた。自分の教室への道を辿りながらふと思う。そういえば、私は若利に告白の返事をしていない。けれどどうせ若利は私の答えなんてわかりきっているし、返事なんて最初から求めてやいないのだ。私が付き合いたいと思うのも結婚したいと思うのも若利しかいない。それくらい、幼馴染ならわかってくれることだろう。そう考えたところで今は彼氏なんだと思い直した。牛島若利が彼氏とはなかなかいい響きだ。どうせ若利の中ではもう付き合ったことになっているのだから、今日は滅茶苦茶に自慢しまくってやろう。私は軽い足取りで廊下を歩いた。