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「はよしいやー」

 元日、私は宮家の扉を開けるなりそう叫んだ。近所で殆ど家族のように育った私が宮家に入ることをおばさんやおじさんは気にしないし、二人がどれだけバレーで忙しくとも正月には三人で初詣をすることになっている。男女の幼馴染とだけあり、いつまで続くものかと思いきや、中学一年の冬彼女ができても「なんか文句あんのか」と侑が初詣二回目に参加した時は笑い出してしまった。というわけで、正月は初詣に行くのである。

 予想通りと言うべきか、リビングからゴムの緩んだスウェットを着た侑が顔を出した。

「今こたつで寝てたとこやねん。準備に一時間待ってくれへん?」
「女子か」
「そんな急がんでも、神様は逃げんやろ」

 確かに侑の言う通り、初詣は早ければいいというものではない。しかし、三人揃って元日に近所の神社に参拝するというルーティーンを崩したら願い事も叶わないような気がするのだ。

「逃げなくても、機嫌は損ねてまうかもしれん」

 そう言った私に侑はわざとらしくため息を吐いた。

「願い事なら神様やなくて俺に言えばええやん。どうせ俺と付き合えますようにってことなんやから」
「それで叶うなら言っとるわ!」

 なんとデリカシーのない幼馴染だろうかと思う。私が侑を好きだということはとっくに本人にバレており、治やおばさんもいるだろうリビングから玄関へ叫んで会話をしている。それに開き直る私ももう、デリカシーがないのかもしれない。

「試しに侑くん神社参拝してみ? 何事もやってみないとわからんで」

 何の狙いがあって私に告白させようとしているのだろうか。実家で私をフって気まずくさせようという魂胆か。フラれて気まずくなりたくないとは思うも、侑本人が告白してみろと言っていると心を揺さぶられる。

「ほら、言うてみい」

 ここまで催促しておいて、普通にフりなどしたら許さないからな。とは言え、意地悪な侑には一番ありえるパターンだ。私は玄関まで来た侑の胸ぐらを掴んでしめ縄を揺らすように揺さぶると、侑が口で「カランコロン」と言った。

「今年こそ侑と両思いになれますように」

 手を合わせ、目を閉じて願いを言う。侑の顔は恐ろしくて見られなかった。数秒経ち、そっと目を開けると侑は片手を差し出している。意味がわからず立ち尽くす私に、侑は「お賽銭」と言った。

 金出せってか! 私は憤慨しながらも、仕方なく財布を取り出した。侑くん神社などというふざけた神社に課金するのは不本意だが、近所の神社に願い事をするより効果が倍くらいはあるので仕方ない。私は奮発して千円札を侑のスウェットのズボンに挟んだ。これでお参りは終わりだ。果たして私の願いは叶うのだろうか。侑を見上げると、侑は「パンパカパーン」と言って両手を広げた。

「おめでとお! 千円払ったいい子の名前ちゃんには、願い事を叶えたる! 今日から俺の彼女でーす!」
「なんか、複雑なんやけど……」

 侑に突然抱きしめられた照れ隠しに私は愚痴をこぼす。侑と付き合えたのはいいが、千円の代償だと思うとレンタル彼氏をしている気分だ。着替えてリビングから出てきた治に「両思いになるだけなのに何で付き合っとんねん」と言われた。すると侑は私を抱きしめたまま、「両思いやと今と変わらへんから付き合うだけですぅ」と言った。

「ほんま何年も待たせよって、性格の悪い神様やな」

 どうやら何も知らなかったのは私だけのようで、侑も治もとうに両思いであることを知っていたらしい。

「ちょっと! どういうこと!?」

 侑の腕の中で暴れると、「痛っ! 境内では静かにしろや!」と力を強められた。