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「おい、オマエ俺の使用人としてずっとおれや」
「はい、いいですけど」

 そんな会話をしたのは直哉様が十代も終わりに差し掛かった頃だった。使用人の中でも評判の悪い直哉様だ。私は決して嬉しくはなかったが、直哉様が他人にそれなりに執着するという事実を知られたのは意外だった。ただ仕えているだけの侍女など、置物同然と捉えていると思っていたのだ。

 直哉様の言いつけ通り、私は直哉様にのみ仕えた。仕事を辞めることもしなかった。直哉様に情が移ったわけではない。あくまで私の主人は直哉様で、その直哉様が私に命令したからだ。直哉様は次第に大きな口を叩くようになった。私は直哉様のものであるとか、そういったことだ。直哉様が私をものとして扱うのは今に始まった話ではないので放っておいたが、これには反論せざるを得なかった。

「オマエは俺の嫁やろ」
「いつ婚約をされたのでしょうか」

 直哉様と私は、決して対等な立場ではない。隣に立つことさえできないのだ。それを差し置いても、私は直哉様を好ましく思っていなかった。主従関係がなくては私は直哉様の元を三日で離れているだろう。

「ずっと俺の使用人でいろ言うたやん。嫁なんて使用人みたいなもんやろ。飯炊く、身の回りの世話、夜の世話」

 どうやら直哉様にとってあの言葉は額面通りの意味ではないらしかった。前二つはともかく、夜の世話をする気はない。

「最後のは使用人の仕事ではありません」

 私は冷静に返したが、直哉様は意地悪に笑った。

「じゃ名前ちゃんの仕事に追加しといて」

 直哉様のことを好きだと思ったことはない。人間的にも、恋愛的にもだ。しかし主人としての命令だと言われたら、私は何でもしてしまうのだろう。それを見透かしている直哉様を、私は初めて憎いと思った。