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「俺の初めてを貰って」

 そう語る聖臣は一見冷静で、その実熱に浮かされたような顔をしていた。平常心であればこのようなことを言えないだろう。聖臣が何かと形式にこだわる部類の人間であることは承知済みだ。

「そういうのは付き合ってる子とするものじゃないの?」

 聖臣はやや俯き、きまりが悪そうな顔を見せた。そして少しずつ自分の内心を放出するように、言葉を選んで口にした。私は聖臣が大きな葛藤の上に出した結論なのだということを察した。

「彼女を作ってすることも考えた。けどどうでもいい女より、名前ちゃんに貰ってほしい。俺と付き合ってくれないならせめて思い出だけはちょうだい」

 聖臣は私のことが好きだったのだ。それは昔から知っている。だが、私達は付き合っていなかった。大事な聖臣の初めてを私が貰っていいのかとか、聖臣の気持ちは報われなくていいのかとか、考えることは沢山ある。勿論私の頭をよぎることなど聖臣はとっくに考えていることだろう。その上で出した結論なら、私は聖臣の意志を尊重したい。聖臣の瞳が揺らいだ。

「名前ちゃん、俺は名前ちゃんのためなら何でも捨てられる。だから名前ちゃんも俺のために浮気して」

 私達の最大の問題は、私に彼氏がいることだった。聖臣がどれだけ大事な弟のような存在でも、セックスをすれば浮気なのだ。だがそれすら超えてしまうような情が私達の間にはあった。付き合おうとは思わない。それでも一回、セックスだけならば流されてもいい。私の奇妙な情けのせいで、私達二人はまとめて地獄送りになることだろう。