▼ ▲ ▼

 時計の針が真上を指そうかという頃、私はカップを持ってキッチンにそろりと侵入した。無性に小腹が空いたのだ。カップラーメンは小腹を満たすには少々カロリーが多すぎるのだけど、そこには目を瞑ることにする。たまにはジャンクなものも食べたくなるのである。問題は、同棲している信介が何と言うかだった。信介は出来た人間だ。深夜にカップラーメンなど食べるはずもないし、私が食べようものなら「本気でやっとるんか?」と冷たい視線を浴びせかけるだろう。私はリビングの方を見た。信介はテレビに映ったお笑い番組に視線を投げかけている。キッチンで湯を沸かしていることには気付いているだろうが、何かアクションを起こす様子はない。

「ダメって言わんの?」

 耐えられなくなって私の方から尋ねると、信介はリモコンをテレビに向けた。騒がしい芸人の声が聞こえなくなる。

「それは一般論やろ」

 信介は思ったより優しい表情をしていた。眠いのだろうか。信介は普段なら寝ている時間だから、私に合わせてくれているのかもしれない。

「名前やったら何をしてても好き、くらいのフェーズにおんねん俺」

 信介と見つめ合っているところに、やかんの沸騰する音が響いた。私は慌てて火を止め、湯を注いでリビングに持って行く。ソファに座ると、信介が距離を詰めた。

「一口ちょうだい」
「信介をたぶらかしてまう……!」
「今更やろ」

 信介がこれほど優しいなど知らなかった。いや、知っていたけれど、優しくなればなるほど私が振り回しているかのような気持ちになるのだった。その苦悩こそが幸せだと、私はとうに気付いている。