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 大学卒業後、東京へ就職することが決まった。第一希望なので喜ばしい限りだが、それは私を慕ってくれている昼神を長野へ置いて行くことと同義だった。昼神は情けを乞うこともせず、私を誘い続ける。一回だけなら、と思いデートを承諾した。

「今回限りだからね」
「嬉しいな〜」

 連れてこられたのは他県の海だった。レンタカーを借りて運転する昼神は格好良くて、心が揺らぎかけた。慌てて冷静さを取り戻し、私は浜辺の砂を踏む。昼神は何も言わず私の後をついていたが、やがて声を出した。大きな声ではないのに、何故か波の音の合間を縫って私の耳へ届いた。

「名前ちゃん、俺達もう関わるのやめよう。SNSも全部ブロックしてさ。他人になろう」

 まるで昼神らしくない。私は振り返り、昼神の意図を探ろうとした。

「何で急にそんなこと……」

 昼神の顔は普段通りで、何を考えているかわからない。もしかしたらずっと前から考えていたのかもしれないと思ったら、胸がきゅうと鳴った。

「今日二人で会っちゃったからだよ。こんなことしたらもう名前ちゃんと普通に会えないよ。友達続けたかったんならさ、今日会っちゃダメだったんだよ」

 こんなこととは、と思った瞬間に唇を奪われた。私はどうすることもできなかった。昼神は唇を離しても顔を近付けたままでいる。

「情けでも何でも、俺は貰っていくよ」

 ずっと当て馬に収まっていた昼神らしくない一言だった。私には彼氏がいた。東京へ就職するのだって彼氏と示し合わせたことだ。ここまで昼神の想いをふいにし続けたのだから最後くらいは、と思ったらこの仕打ちである。本当に最後になってしまった。友達で居続けよう、など私が甘かったのかもしれない。私は馬鹿で鈍感で、昼神の気持ちを踏みにじり続けていたのだ。

「ありがとうね」

 そう笑う昼神の顔には、今日初めて見せる寂しさが滲んでいた。