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「お前一回浮気してみてくれん?」

 私は思わず侑を見た。私が平凡な成人女性であるのに対し、侑はプロアスリート、さらには顔も整っているときている。付き合ってこそいるものの、私達の生きる世界はまるで違うのだ。だからたまに、理解し合えない時もある。

「どういう性癖や」

 今回は理解できないという領域ですらない。侑は手にしていたグラスを置いて、性格の悪そうな顔を浮かべた。

「別に? 俺から女奪ったと思ったらあっさり奪い返された男のアホな顔が見たいだけ」

 性格が悪そう、ではなく悪いのだった。プロアスリートである侑と付き合い出してから、「侑から奪った」という称号が欲しいために私を狙おうとする輩の存在に気付いていたのだろう。私がモテているわけではない不思議なモテ期について私は侑に話していた。侑も何かしら感じることがあったのだ。

「何で私が侑んとこに戻る前提なん?」
「俺よりええ男なんておらんやろ」

 その得意げな笑みは、先程見せた性格の悪そうな顔と共通して見える。私の気持ちはお構いなし、というか私が侑を選ぶと決めつけているところが癪だった。

「腹立ってきたわ」
「その意気や、浮気しろ」

 浮気を彼氏に勧められる彼女とは何なのだろう。私は缶チューハイを一口飲んだ。残念ながら私に侑のような行動力はないので、浮気などしないに決まっている。すると侑が好きだと言っているような気がして、私はさらに腹が立った。