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 私は所謂トリップというものをした。訪れた世界でたまたま悪魔の実というものを食べ、海賊団に拾ってもらったからいいものの、私一人では買い出しひとつできないだろう。何しろ私の元いた世界とこの世界では文字が違うのだ。それは海賊団のキャプテン、ローさんの部屋に入った瞬間にわかった。壁に並ぶ本の背表紙が読めないのだ。

 キャプテンは文字を読めないと聞いて顰めっ面をした。悪魔の実のおかげで大目に見てもらえているが、戦闘面ではお荷物なのだ。これ以上は船を降ろされてしまうかもしれない。

 キャプテンはため息をつくと、紙切れに文字を走り書きした。

「困ったと時はこれを書け。お前の名前だ」

 何と書いてあるかはわからなかったが、私は持ち帰って必死にその文字を練習した。文字が読めなくてもキャプテンの字が綺麗だということはわかった。キャプテンに渡された言葉を完璧にマスターした私はベポやペンギンに得意げに見せる。すると二人は、恐れ慄いた表情をしたのだった。

「キャプテン! 聞いてないですよ! 何でキャプテンの苗字なんですか」

 二人にわけを聞いた後、私はキャプテンの元を訪れた。キャプテンは私の名前にキャプテンの苗字をつけたものを教えたらしいのだ。これでは家族だと思われてしまう。

「おれの妻だと思わせておいた方が無駄なトラブルを避けられる」

 親切なのだろうが、キャプテンは海賊である。

「指名手配されますけどね!」
「嫌だったらこの世界の文字も勉強しろ」

 私はベポにアルファベットというものを習い、必死に勉強した。今では絵本くらいのものだったら読める。海賊団に絵本があるというのは、些か不釣り合いだが。

 私はキャプテンの部屋に入り、紙片を差し出した。そこには拙い文字で「ありがとう」と書かれている。敬語というものはまだ難しかった。

「……お前、好きとか言えねェのか」

 キャプテンは紙片をしまい、小さな声で呟く。対して私は堂々と言い放った。

「思ってないことは言えません」
「嘘つけ! 少しくれェは好きだろ!」

 そういえばこの船はキャプテン大好きだった気がする。だが私の好きとは、そういったミーハーめいたものではなく重いものなのだ。キャプテンに簡単に好きだと言うつもりはない。私を見てキャプテンは鼻を鳴らした。親切だろうが妻というポジションは私にとって不要である。