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 赤葦さんはスプーンでコーヒーをかき混ぜた。少し入れたミルクが黒に溶けた。昼下がりの喫茶店で、赤葦さんの声がよく響いた。

「俺達、好きな作家も映画監督も同じなのにそこの好みは違うんだね。苗字さんの思い違いじゃないかな」

 それは私が自分をあまり好きではない、という話をした時のことだった。赤葦さんの言わんとしていることが何なのかすぐわからなくて、私は聞き返そうとした。しかし赤葦さんには続きがあるようなので、私はカップに手を当てて暖をとった。

「だって、苗字さんが朝井リョウや角田光代を嫌いになることはないでしょ。それと同じだよ」

 朝井リョウと角田光代。私が好きだと挙げた作家だ。それは赤葦さんが好きだと言っていたものでもある。私達は趣味で通じた仲だった。関係性を何と言うべきかはわからない。多分、友達が一番適切だと思う。

 ミルクと砂糖が入り、とうに飲む下準備は整っているというのに赤葦さんは飲まなかった。何か大事な話があるようだった。赤葦さんは私の瞳を見て、しっとりと告げる。

「つまり俺は結構苗字さんのことが好きってこと」

 自分を好きになれない、という話をしていたのだ。それが人間としてという意味であることはわかっている。けれど赤葦さんの言い方は期待させるようなもので、私は柄にもなく胸を躍らせた。誤魔化すようにコーヒーを飲む。コーヒーは少しぬるくなっていた。その一連の動作さえも赤葦さんに見つめられていて、私は少し恥ずかしくなった。