▼ ▲ ▼


 部室に二人きりになってしまったのは偶然だった。選手とマネージャーとして事務的な会話をしていたはずが、密室に二人きりとなれば顔を変えてしまうのが男女の性である。侑は部室の中心で私を抱きしめ、肩に顔を埋めていた。

「あかん、めっちゃええ匂いする」

 禁止されているわけではないが、部内恋愛というのはやや気が引けるものである。手を繋いで廊下を闊歩したいという侑を押し切って、私は侑との付き合いを二人だけの秘密にした。普段我慢している分、こうして二人きりになった時には欲が制御できなくなってしまう。部室なんていつ誰が来るかもわからないというのに、私は侑の背中に腕を回していた。

「キスしよ」

 二人で唇を重ね合わせ、舌を絡める。久々のキスに、私の体は熱くなっていた。

 その時、部室に近付く足音がした。私と侑は目を見開く。運動部の声がそこら中に響いているため、直前になるまで部室に忍び寄る足音に気付けなかったのだ。私は体を引き離すと、咄嗟に侑を近くのロッカーに押し込んだ。

「ちょ、こういうのって二人で隠れるもんちゃうんか!」

 侑を無視し、私は備品を探しているふりをした。私はともかく、侑は自主練の最中だ。休憩するのに何故体育館ではなく部室に来ているのかと問われたら、答えられない。私は万全の体制で訪問者を迎えた。

「あ、苗字、いたんか」
「お疲れ様」

 やってきたのは同学年の部員だった。何も手にしていないので、何かをしまいに来たという風ではない。頼むから早く戻ってくれと願いながら、私は部室のかごを漁った。

「なぁ、苗字……ちょっとええか?」
「ん?」

 彼は私に用があって部室に来たのだろうか。振り向くと、気まずそうにした彼の姿があった。私は咄嗟に最悪の想定をする。いや、最悪などと言ったら彼に失礼なのだが、今はすぐそばに侑がいるのだ。

「俺、苗字のことがずっと好きで……」

 やはりと言うべきか、彼は浮いた話を始めた。彼越しに侑の隠れているロッカーに視線をやると、侑の姿は見えないというのに圧すら感じる。

「今はそういうの考えられへんねん。でもありがとな」
「それって、好きな人とかは特にいないってこと?」

 私が円満に終わらせようとした時、彼は思わぬ所から切り込んできた。何も言えないでいる私を彼は神妙な面持ちで見つめる。その時、突然侑の入っているロッカーから物音がした。何かが落ちる音とも言えない、まるで中で人間が暴れているかのような音だ。

「な、何やいきなり!? 地震か? ポルターガイストか? 苗字、危ないからこっちおいで」
「あ、えっと……」

 親切ゆえの行動だろうが、今の侑にとっては悪手でしかない。彼に肩を寄せられる私を見て、侑は音を立ててロッカーを叩き始めた。

「何やこれ!? 誰か入ってるんか!?」

 彼はついにロッカーを開けてしまう。そこには、顔を真っ赤にした侑がいた。私は頭を抱えたい気持ちを抑え、何とかこの状況を打破する言い訳を探す。

「もしかして侑、ロッカーに閉じ込められてたんか? 気付かなくてごめんな、ロッカーに入って遊んだらあかんよ」

 侑がロッカーで遊んでいた体にしたつもりだが、部活中に部室で遊ぶとは考えづらい。現に、侑も彼も全く信じられないという顔をしている。

「……何やっとるん? 侑」
「いや、俺も苗字が好きやなと思って、ロッカー叩いて主張しとった」

 今度こそ私は本当に頭を抱えた。ただでさえややこしいこの状況をさらにややこしくするつもりだろうか。というか、私達二人の仲を秘密にするという約束はどこに行ったのだろう。

「どうするん? 苗字」
「へ?」

 私はこちらを振り向く彼を見て、彼と侑二人分の告白の返事を求められているのだと悟る。現に付き合っているのは侑だし、侑一択なのだが、私は部活終わりの爽やかな彼を差し置いてロッカーに入って真っ赤な顔で口呼吸をしている変態を選ばなければならないのだろうか。私も彼も苦しすぎる。というか、侑を選んだところで、彼やその他大勢にとっては今日から侑と私は付き合ったことになる。もう私達の仲は隠せなくなるのだ。もしかして、侑はそれが狙いだったのだろうか。侑を見ると、侑は犬のように荒い呼吸をしながら勝ち誇った顔をしていた。残念ながら、全く勝者の表情には見えない。