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「お前の一番の願いって何?」

 高専の廊下を歩きながら五条は言った。私達は恋仲ではなかったし、今は眺めるような星空もなかった。まるでロマンチックではない状況で、五条はそれらしい言葉を述べたのだ。

 五条の本心を探るよりも、私は五条にアピールしたかった。私は五条が好きなのだ、五条を支えたいのだと。五条の早足について行きながら、私は必死に首を伸ばす。

「五条の隣にいることだよ」

 五条は歩きながら面倒そうに頭の裏をかいた。五条がよくする仕草だ。もしかしたら私の前だけで、意中の女性の前ではしないのかもしれない。五条は私といると、何か考え込むような様子を見せることが多かった。私は五条を支えたいはずなのに、これでは逆だと思った。

「そこで『自分が幸せになること』を選べない女とは、俺付き合えないんだよね」

 五条は至って普段通りに言ったが、私達の空気は異常だった。好きだとは告げているものの、付き合ってほしいと言ったことはない。それでも、一方的にフラれてしまったのだ。五条はどうしてもそうしたかったのだろう。俯くと廊下の木目が目に入る。それから、五条の大きな靴も。

「好きな人には幸せでいてほしいんだよ」

 フるなら黙っていればいいのに、それを言わずにはいられないことが五条の弱さだと思った。五条は最近弱っている。実力は最強を更新するばかりなのに、このところ、ずっと。夏油がいなくなってからだ。私達は夏油がいれば付き合えたのだろうか。多分違う。五条の生まれ育った環境と、夏油の消失と、その他いろんなものが混ざり合って泥のように私達の足元に蔓延っているのだ。五条が抜け出す日がいつか来たらいいな、と私は他人事のように思った。