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「仕事つらい……」

 と白布の目の前で言うのは、一種の嫌味かもしれない。一足早く社会へ出た私とは違い、白布はまだ学生である。勉強と研修に忙殺される日々は決して楽と思えないが、だからと言って私の生活も天国ではない。

「俺がいるだろ」

 白布にしては珍しく、感情のこもった声だった。普段ならそれでやられていたことだろう。だが今回は少しわけが違った。

「確かに専業主婦はいいけどさ、子供が大きくなったらどうせ働かなきゃいけないじゃん?」
「おい待て。結婚の話も出産の話もしてない」

 白布は片眉を上げている。そんなに私と結婚するのが嫌だったのか。はたまた、妻に専業主婦でいられるのが嫌だったのか。

「専業主婦にしてくれるって話じゃなかったの?」

 自分で話が飛躍していると思いながら尋ねると、白布は突っ込みともフォローともつかない声を出した。

「俺が精神的に支えてやるって言ってんだよ!」

 真面目な白布だからこそ、結婚や将来の話はしたくないのかもしれない。今の私はその意思を尊重することができない。

「私を自分だけのものにしたいとかないわけ!?」

 半ばやけになって結婚の話を進めると、白布は今までの勢いはどこへ顔から色を失わせた。

「その欲望を本気で実現させたらお前は毎日軟禁だからな」
「すみませんでした」

 白布は時折、怖い時がある。言動が乱暴だという意味ではなく、底なし沼にはまってしまうかのような恐怖を覗かせる時があるのだ。そういう時は大人しく引き下がるに限る。白布は「まったく」と言いながらも、私の腰に腕を回した。