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「えっ、佐久早それ頼むの」
「何で?」

 メニューを片手に店員さんを呼ぼうとした佐久早に、私は思わず声をかけた。すると佐久早の鋭い瞳がこちらを向く。佐久早に射抜かれ、私はどうしたものかと言い訳を考えた。

 今日、佐久早と私は飲み会に来ていた。大勢での飲みだが、私が佐久早を好きであるということは大半が知っていることだろう。今晩、あわよくば酔った佐久早とベッドインできないだろうかと私は画策していた。要するに佐久早とセックスがしたいのである。そのためには、佐久早に元気でいてもらわなくてはならない。酔っぱらって、機能しなくなりましたでは困るのだ。

 飲み会は既に終盤に差し掛かり、テーブルの上も大分片付いてきた。普段はここらで飲むことをやめる佐久早だが、今日はまだ飲む気のようだ。そんなに飲んで、勃たなくなったらどうするのか――私の心を読んだように、佐久早が視線を強めた。

「お前俺を持ち帰って、セックスするつもりだろ」
 私の肩が跳ねる。残念ながら、この場をやり過ごせるような言い訳は思い浮かばない。
「お前の思い通りにはさせねえ」

 佐久早を止めることも叶わず、佐久早は追加のお酒を頼んでしまった。佐久早がどれくらい酒に強いかは知らないが、今注文したお酒はそれなりに度数が高い。今晩はノーチャンスのようだ。項垂れる私を見て、佐久早がそれ見たことかと笑っていた。

「……で、どうしてこうなったんだよ」
「ん?」

 翌朝、佐久早は私のベッドで体を起こした。私が家具量販店で買った安物のベッドからは足が飛び出している。不機嫌そうな佐久早とは対照的に、私は笑顔で説明した。

「あの後佐久早が潰れちゃったから、私が介抱したんだよ」

 そう、強い酒を飲んだ佐久早はセックスするチャンスこそ消えたが自力で帰宅する力もなくなってしまった。酔っぱらった佐久早を抱え、私は他のメンバーに手を振って自宅へと連れて帰ったのである。確認はしていないが、佐久早の下半身は到底臨戦態勢にはなれなかったことだろう。だが、「持ち帰る」という目的だけは達成できた。明日からは佐久早が寝たベッドで、私も寝られるのである。

「お前変なことしてねえだろうな……」
「ちょっと私の前で!」

 佐久早は私に構わずズボンを持ち上げて下半身を調べた。心配しなくとも、佐久早には何もしていない。そもそも酔っぱらった男を襲う女の方が少数だと思うのだけど、どうやら私はそちらに分類されているらしい。

「何もしてないし、ちゃんとベッドで寝かせたから」

 私は胸を張ってみせる。昨晩、ベッドは佐久早に譲り私はソファで寝たのだ。ただ単に自分のベッドに佐久早を寝かせたかっただけでもあるが、そこはきちんとわきまえている。佐久早はしかめっ面でこちらを見た後、洗面台に向かって歩き出した。

「変なプライドはあるくせに何でやり口が軽い男みたいなんだよ」

 佐久早は洗顔を終え、テーブルの前に座る。朝食を要求しているのだろう。言われずとも用意はできている。

「言っとくけど、俺が遠征先と自分ちのベッド以外で寝るのはこれが初めてだからな」

 佐久早に謎のアピールをされ、私は「そっか」と適当に答える。佐久早は舌打ちを一つした後、「お前みたいな奴がいるからお前も飲み会では気を付けろ」と言った。結局何が言いたいのかよくわからなかったが、私はトーストを咀嚼しながら頷いておいた。