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「髪の結い方教えてもらえませんか」

 そう言うアキくんは、濡羽色の髪が少し絡んでいた。一般の成人男性らしく短かった髪が、今では肩の長さまである。伸ばしていたのは知っていたが、それはデビルハンターとしての願掛けか何かだろうと思っていた。

「悪魔が喜ぶんですよ」

 何故結ぶのか。私の疑問を読み取ったように、アキくんが答える。私は何も言っていないのに先程のお願いは了承されたものと認識しているらしく、アキくんは会議室の椅子に腰掛けた。仕方なくその背中に近寄る。アキくんは後ろ手でヘアゴムを渡した。

「好かれてるんだね」

 私の契約している悪魔は、私に懐きなどしない。契約という名の通りただのビジネスパートナーで、私の言葉に従うより文句をつけてくることの方が多いのだ。髪型までリクエストされるアキくんはきっと悪魔に好かれている。悪魔でなくとも、髪型を固定させるなどまるで付き合っている恋人のようだ。

 私はアキくんの髪を一つに結んだ。結い方を教えるという話だったはずなのに、特にコツなど教えず一人でやってしまったことに気付いたのは完成してからだった。けれどアキくんは文句の一つも言わず、手で毛先に触れた。

「俺も苗字さんのまとめ髪好きですよ」

 言葉だけ拾うなら、それはよくあるお世辞かもしれない。人の髪型を褒めるなどコミュニケーションの基本だ。けれど今は髪型の話をしていて、人の髪型を固定させるのは相手が好きだという結論に至った。これで私が今の髪型を続けようものならアキくんを好きみたいだし、私の髪型を固定させたアキくんは私を好きみたいだ。全ての選択肢は私にある。アキくんこそ、その手で私の髪を結ってほしい、と私は心の中で思った。