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「おっ母……」
「え!?」

 夜営中にふと聞こえてきた言葉に、私は思わず振り向いた。この場に起きているのは尾形さんしかいない。尾形さんが、母親を呼ぶことがあるのだろうか。私には尾形さんが泣き声を上げ下の世話をされていたことすら想像がつかないが、たまには母親を想って寂しくなることもあるのかもしれない。私は尾形さんのことを何も知らないのだ。別に、全てを知る必要はいと思っているが。

「お前見て欲情しないように母親のこと考えてた」

 私の視線に気付いたのだろう。尾形さんが無表情に口にした。尾形さんにも性欲はあるのだ。むしろ、尾形さんが母親に甘えている光景より盛っている光景の方が想像できる。それほど尾形さんというのは性の何かを匂わせる人だった。その人が、私と母親を結びつけようとしている。私の中の女の部分が反旗を翻した。

「私で興奮しなくなるってことですか!?」

 別に尾形さんとどうにかなりたいと思っているわけではない。勝手に尾形さんについてきて、旅をしている身だ。しかし他の女にはその性的な表情を見せるのに、私は対象から外されるのだと思ったら何故か納得いかなかった。

「お前は俺を好きじゃねぇんだから別にいいだろうが」

 そう語る尾形さんは何か不服のようだ。別に私に好かれていようがいまいが気にしなさそうだが、自分になびかないということに少なからず不満を溜める人なのかもしれない。

「あ、はい……」

 私は大人しくなり、身を引く。尾形さんが私に興奮したところでどうなるのだ。私は別に尾形さんと恋仲になりたいわけではない。でも、尾形さんのそういった対象から初めから外されるのは、少し腹が立った。尾形さんは横になって寝ている。なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなって、私もまた寝た。