▼ ▲ ▼

「結婚しようか」

 乙骨くんは手に持ったパンフレットをぱらぱらとめくりながら、何でもないことのように言った。顔を真っ赤にして告白してきてくれた彼にしては、随分な変わりようだった。

「ほら、呪術師って死ぬ危険があるでしょ? それで死んだ後の手続きとかをしてたんだけど、結婚しないと僕のお金や持ち物を名前ちゃんに譲ることが難しいんだ」

 先程から乙骨くんが手にしているのは財産分与や相続といった類のパンフレットだった。勿論、私も呪術師の危険性は理解している。何なら私の方がそういった手続きをするべきだ。分け与えられるような財産は少ないにしても、死ぬ可能性は乙骨くんより高いだろう。しかし、だからと言って結婚しようとは思わない。結婚を手段にはしたくないのだ。

「そういうのは違うよ。私は幸せになるために乙骨くんと結婚したいよ」

「結婚したい」というのは、あくまで議論の中で用いた言葉だった。今すぐしたいと思っているわけではない。しかし、乙骨くんの耳はそこだけ拾ったらしかった。

「嬉しい……そんな風に思ってくれてたんだね」

 パンフレットをテーブルに置き、私へ近付く。私は後退りしようと思ったが、後ろにあるのが乙骨くんのベッドだということを思い出してやめた。別にすることは構わないけど、今したら乙骨くんは制限なくしてしまいそうだ。

「やっぱり今すぐ結婚しよう。名前ちゃんが可愛すぎる」

 乙骨くんは私の手を握り、幸せそうに言った。あまりの喜びように年齢の話を持ち出すのも悪いかと思い、私は言葉を選ぶ。

「結局振り出しに戻ってない?」
「生きてる間もちゃんと貢ぐからさ」
「貢がなくていい!」

 乙骨くんと付き合って知ったこと。乙骨くんは意外に話を聞かない。多分彼のことだから、十八歳になった途端に籍を入れてしまうのだろう。それもまあ、悪くはない。ただ、死ぬのを前提に動かれるのは少しだけ寂しいなと思った。