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「姉と近付くなとは言わないんだね」
「津美紀が誰といようが津美紀の自由なので」

 私達は昇降口の壁にもたれ、校門を出て行こうとする津美紀ちゃんを見ていた。津美紀ちゃんは今日は誰とも喧嘩していないようだ。否、「喧嘩」は語弊があるだろう。津美紀ちゃんは普通の人が面倒だからと見過ごすような些細な諍いを放っておけないのだ。

「知ってる? 私最近津美紀ちゃんにつっかかられてないから、こんなにつきまとってくるの弟くんくらいなんだよ」

 あれから伏黒くんは、私を見張るようにそばにいた。初めだけかと思ったら、つきまとってもう一週間が経つ。私より津美紀ちゃんのそばにいた方がいいのではないかと思ったけど、それは遠慮しているようだった。私でもそばに伏黒くんがいたら話しかけづらい。いや、そもそも津美紀ちゃんに話しかけることがあまりないのだけど。

「俺がしつこいって言いたいんですか」
「別に」

 強いて言うなら、しつこい、ではない。その姉弟愛の美しさに涙でも出そうだ。私だったらいくら姉のためでも嫌いな人間と一緒にいるなどごめんである。

「あと、恵です。俺の名前」

 思い出したように伏黒くんが言った。私は視線をゆっくりと伏黒くんに向ける。

「嫌いな子の弟の名前覚えてもねえ」

 姉弟を下の名前で分別しなければいけないのはわかる。だが私にとっては伏黒くんも津美紀ちゃんも関わりたくない人物なのだ。わざわざ名前を覚える必要などない。なのに伏黒くんは生意気な目を向ける。

「覚えて帰ってください。俺もアンタみたいな善人じゃない人は、一緒にいて居心地がいいので」

 それはまるでお願いをする人の言い草ではない。善人じゃないから居心地がいい、なんて馬鹿にされているようなものだ。少しの謙遜も入っているだろうけれど、私としても気持ちのいいものではない。

「私が悪人だって言いたいんだ」

 てっきり「まあそうでしょうね」などといった言葉が返ってくると思っていた私は、拍子抜けした。

「別にそこまで言ってません」

 嫌いなくせに、悪人とは思っていないのか。不良として名を馳せる伏黒くんの意外な一面を見てしまった気がして、私は目を瞬いた。伏黒くんはきまりが悪そうに校門の方ばかり見ていた。津美紀ちゃんは、とっくにいない。