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「俺と津美紀、ちゃんと血が繋がってるわけじゃないんです」

 伏黒くんは地面にかがみ込み、頭の前で手を組んでいた。項垂れる、と言うに相応しい体勢だった。私に津美紀ちゃんとの関係を言うのだって、私に知ってほしいからではないのだろう。ただ楽になりたくて、頭の整理をつけながら吐露している。その相手が偶然私だっただけ。伏黒くんの様子からは、そう窺えた。

「なのに俺は津美紀のことでこうも苦しんでる。アンタのことを好きになってる。血とか最初の関係性とか、そんなのどうだっていいんです。今感じてることが全てだ」

 伏黒くんの言いたいことは的を得ていなかった。津美紀ちゃんの不在が苦しい、と言うのなら告白などすべきではないし、私に告白するなら津美紀ちゃんのことを絡めるべきではない。私が津美紀ちゃんを苦手だからではなく、津美紀ちゃんが突然消息を絶ったというニュースはあまりにも重すぎるからだ。伏黒くんも、今すぐ返事や性的な行為を求めているのではないだろうとわかった。私に対する「好き」は、彼の主張を補強する要素の一つでしかないのだ。本物の姉弟ではない津美紀ちゃんの不在に苦しむのと似たこととして、津美紀ちゃんと対立していて嫌いだった私を好きになったことを挙げている。伏黒くんの世界は矛盾に満ちている。だから伏黒くんは考えるのをやめて、「今感じることが全てだ」と言った。否、言い聞かせている。

 私に求められているのは、伏黒くんを優しく抱きしめることではない。私に告白するほど追い詰められている伏黒くんに、温かいベッドと食事を勧めることだ。

「恵くん、今恵くんは追い詰められてるんだよ。津美紀ちゃんがこうなって、頭が滅茶苦茶になってる」

 下の名前で呼んだらより恋愛の色が濃くなってしまうのではないかと思った。だが今更呼び方を変えたら伏黒くんはさらに手の届かない所へ行ってしまうのてはないかと思った。伏黒くんは顔を上げる。

「別に俺は付き合ってほしいとか言ってるわけじゃない。ただ、アンタを好きだって」
「それかおかしいんだよ!」

 遮るように私は叫んだ。伏黒くんの思考は極端になっている。津美紀ちゃんを失ったことで、おかしくなってしまったのだ。その状態を否定したいだけだったのに、伏黒くんの好意自体を否定してしまったと気付いたのは数秒経ってからだった。伏黒くんは立ち上がり、よろよろと歩き出した。私は追えなかった。追っていたらきっと違う結末を迎えていたと思う。だが私達はこの日を境に別れ、二度と会うことはなくなった。前後を見失うほど酷く混乱した中で、「好き」以外の伏黒くんの言葉を受け止めてあげればよかった、と後になれば思えた。