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「は?」

 ラブホテルで押し倒された瞬間、私は声を上げた。しかし目の前の影山はそんなこと構わずに私の服を脱がせてゆく。ボタンで手こずっているその手を掴んで、私は「ちょっと待て」と言った。

「何で電気つけたままやろうとしてんの」
「いや、明るくなきゃわかりません」

 俺、童貞なんで。付け足された言葉に、私は思わず知っているよと言いたくなった。

 事の発端は影山に告白されたことである。影山のことをバレーのよくできる後輩としか思っていなかった私は、「あー」とか「うー」とか言って言葉を詰まらせた。軽い気持ちで付き合うには、影山の気持ちはあまりにも真剣だ。だがすぐにフってしまうほど、私は影山を気に入っていないわけではなかった。私が出した結論は、「一回やるくらいならいいよ」という妥協案のようなものだった。最低だと罵られるかと思ったが、影山は拳を握って「よっしゃ!」と言っていた。そして一直線にホテルに向かい現在に至るのである。

 影山はAVの世界が全てだと思っているのだろうか。AVは人に見せるために作っているものだからそりゃあ明るい場所で撮る。だが実際のセックスは、殆ど暗がりで行われている。電気がついていたとしても間接照明か豆電球だ。こんな初めての人とするセックスから、教室のような蛍光灯の下でやることはない。童貞の影山にはその辺りの知識がないのかもしれない。

「女の人は電気つけてするの嫌がるものなの。モテるんだから、ちゃんと覚えといた方がいいよ」
「苗字さんしか抱きません」

 それは生涯私と付き合っていくと言いたいのだろうか。それとも今回を最後にセックスはもうしないと言いたいのだろうか。一回抱かれるだけならいいと告白を断ったので後者だろうが、どちらにしても複雑すぎる。プロの話まで来ているイケメンのスポーツ選手が、私ごときのせいで経験人数一人なんてことがあってもいいのだろうか。

「わかったから。とにかく電気消そう。そしたら好きにしていいから」
「手元がわからないまま女の人の服なんて脱がせられません!」

 先程から影山は、情けないことを物凄い勢いで言う。恥ずかしくはならないのだろうか。私が枕元のパネルを弄って電気を消すと、暗闇の中で影山が目を瞬くのがわかった。

「すげえ。真っ暗だ。あのパネル、電気だったんスか」
「ああ、ホテルは大体こうなってるよ。他にもお風呂が光ったりする」
「何で苗字さん知ってんスか」
「他の男とラブホ来たからだよ」

 当たり前のことを答えると、目の前の影山が小さく「そうスか」と言うのが聞こえた。影山がいつから私のことを好きだったのか知らないが、私が他の男とホテルに行っていたとなれば心中穏やかではないだろう。私は優しく影山の背中に手を伸ばした。影山は経験がないのだから、私がリードしなくてはならない。影山の硬い背中に触れると、目の前でふと影山が口を開いた。

「挿入していいっスか」
「ダメに決まってんじゃん。まだ私全裸にもなってないからね?」

 一体何がそうさせてしまったのだろう。影山も健全な男子なら、AVで前戯くらい見ていないのだろうか。影山は服に手こずるばかりで、私の肌にも触れていない。

「いいから服脱がせて、キスして、あそことか色々触るの! それから挿入しろ!」
「ウス。でも暗いんで挿れるとこ間違えたらすみません」
「そことそこを間違えることは早々ないからね?」

 顔も身長も申し分ないというのに、いかんせん性に疎いせいで心配になってきた。もういっそ、電気でもつけたい気分だ。