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「幸せになりたいとかは諦めてほしい。私は君を道具としてしか使わないから」

 それが夏油の言葉だった。夏油は両親を殺してすぐ、私の元に現れてそう言った。私は夏油に抵抗できなかったのか、する気がなかったのかわからない。夏油に手を引かれるまま、呪詛師となった夏油の元に行ったのだ。夏油は本当に変わってしまったのだと思った。否、私達が変えてしまったのかもしれない。夏油の表情に影がさしていることに、私達は気付いていた。気付いていて踏み込めずにいた。その結果がこれなのだ。

「夏油は幸せを諦めてるの?」

 夏油の目がこちらを向く。貫くような、冷たい視線だった。だが、その後に続く言葉の口調は存外優しかった。

「諦めてるよ」

 私はいたたまれない気持ちになった。夏油は自分の幸せを叶えるつもりがない。ならば何故、私を連れてきたのだろう。夏油が私を好きでいることは、前に一度教えてくれた。憔悴してしまった今でも好きなのかはわからない。ただ、人生の転換期に連れてくるくらいなのだから少なからず思い入れはあるのだろう。あるはずなのに、私では夏油を幸せにできないのだ。私はいつの間にか、夏油を幸せにしたいと思っていたことに気付いた。夏油と想い合っていたわけではない。呪詛師になっても私と共にあろうとする夏油を見ていたら何か報いたくなってきたのだ。それでも、夏油は諦めている。諦めているという言葉と、私を連れる行動が酷く矛盾している。私が道具として夏油の役に立てるはずもないのに、夏油は理由もなく私をそばに置こうとしているのだ。

 戻れるならば、あの頃に戻って夏油に振り向いてあげたかった。そうしたら、今も少し変わるだろうか。