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 クリスマスの日の練習は普段よりいくらか早く終わった。同じく部活終わりの苗字と待ち合わせて二人で帰る。普段と変わらない冷たい空気が、今日はフィクションの北国の空気のようにでも思えた。

「今日は寒いなぁ」

 苗字が呟く。その様子に少しの緊張感もなかった。俺はなんとかして異性の空気に持って行きたくて、話を変える。今の俺に自然な雰囲気というものはなかった。

「ところで今日はクリスマスだな」

 俺達の足音が響く。下に雪でも積もっていたら、らしかったのに。いや、俺は雪があっても苗字に告白できなかったかもしれない。今も逃げ腰だ。白い息を吐く苗字の動向を、そっと見守る。

「佐久早も大会前なのに大変だね」
「俺が必死みたいに言うな!」

 確かに大会前に時間を作って会っているのは俺の方だが、それを労われる筋合いはない。もういい。悟られているなら恋の話に持っていくことにする。天気の話題も共通の知人のことも忘れて、俺はすぐさま切り込んだ。

「何か言うことはないのか?」

 俺は心臓の音を体中に響かせながら苗字に尋ねる。苗字は「春高頑張って」と短く告げた。あまり気持ちがこもってない。俺は自分からねだったくせに文句をつけてしまう。それ以上に、俺が欲しい言葉は「頑張って」などではない。

「じゃあ見に来いよ!」

 俺は前のめりになって苗字に叫んでいた。たかが外れたように、もう止まらない。どうせ二人で帰ろうとした時点でバレているのだ。言いたいだけ言ってしまえ。

「どの大会も見に来い。練習も見に来い。練習終わりもうちに来い」

「俺の彼女になれ」とは言えなくて、彼女がしそうなことを全て並べた。練習終わりに俺の家に来させるのはやりすぎかと思ったが、今の俺の激情を示すにはぴったりだった。

「佐久早?」

 ついていけないと言うように、苗字が俺を覗き込む。俺はコミュニケーションも全て忘れて、ただ叫んだ。

「好きだよ!」

 ああ、格好悪い。顔を赤くして黙り込む俺の姿をどうか見ないでくれ。まるで足に根が生えたように、俺達はそこから動けなかった。