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 白い息が夜に消える。年末年始は皆帰省するが、両親と離れて暮らしている私は誰もいないアパートに帰るのみだ。みんなは今頃楽しくやっているのだろうか。真希ちゃんの顔を思い出し、そうでもないだろうなと思い直す。私の部屋の前へ辿り着くかという頃、私は初めてそこにいる人影を認めた。

「乙骨くん……」

 彼は、黒の服を身にまとって立っていた。だから気付かなかったのだ。彼は白い息を吐き、こちらを向いた。

「私が帰ってくるまでずっと扉の前で待ってたの?」

 仮にも今日は真冬日である。冷え切ってしまうだろう。乙骨くんは柔らかい笑みを浮かべた。

「ううん、名前ちゃんの帰ってくる時間なら大体わかるんだ」

 そっちの方が怖い、と言いたくなるのを我慢して私は鍵を開けた。乙骨くんが何の用でうちに来ているかはわからないが、待たせてしまったのだ。入れない選択肢はない。

「早く入って温まりなよ」

 私がドアを開けると、乙骨くんは「悪いなぁ」と言って中へ入った。全く悪いなど思っていなさそうな表情だった。

 乙骨くんと私はこたつに入った。テレビをつけるでもなく、平たい沈黙を共有する時間が続く。乙骨くんは大人しくこたつに収まっていた。

「襲わないんだ」

 私が言う。乙骨くんは目を細めて笑った。

「名前ちゃんの合意がとれたら襲うよ」
「やだ、乙骨くんから誘って」
「僕はもう誘ってるよ」

 私と乙骨くんは、何度か体を重ねていた。付き合ってはいないけれど、乙骨くんは私に好きだと何度も言ってくれる。その言葉を聞きたくて体を重ねているところもある。私達は多分、付き合う前の状況を楽しんでいるだけだ。

 来年は付き合えるかな、と思ったけれど、付き合うなら乙骨くんに勇気を出してもらおう、と思い直し私は背を丸めた。