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 午後四時台の通りはこうも空いているものなのか、と俺は妙な感慨に包まれていた。今日は部活がオフだ。だから彼女である苗字を誘って、一緒に帰っている。それはいいのだが、先程から苗字は頑なに俺の右側を歩きたがった。車が来て並び順が乱れるようなことがあっても、だ。

「何でそっち歩くんだ? 俺は道路側歩きたいんだが」

 俺が尋ねると、苗字は得意げな顔を見せた。

「右足怪我してるでしょ?」

 こいつなりに配慮をしていたらしい。それで褒められ待ちの犬のような顔をしているのか、と納得する。しかし怪我をしたのは随分前の話だし、仮にも彼女に守ってもらおうとは思わない。

「もう治ってるっつーか、酷くてもお前の手は借りねぇ」
「あ、酷い!」
「お前に俺を支えられるわけないだろ」

 今度は俺が得意げな顔をしてみせる。俺の身長は一九○センチ近くだ。よろけることがあったとしても、苗字では潰れてしまうだろう。バレーをしている時以外は大して気に留めていない身長だが、苗字に褒められることは存外心地いい。苗字は視線を逸らし、悔し紛れという様子で言った。

「この間支えられてるとか言ってたくせに……」

 その言葉に俺の脳内がオーバーヒートする。それは、ピロートークでのことだ。

「馬鹿! セックスした後の話を持ち出すな!」

 俺は冷静さを失って叫んだ。そもそも、その時と今では「支える」の意味が違う。苗字にとっては同じなのかもしれないが。

「佐久早こそ大きい声でセックスとか言わないでよ!」
「お前もだろ!」

 人通りが少ないのが幸いした。俺達は呼吸を整え、少しの間冷静になる。やっぱり、道路側は俺が歩く。