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「あー、ヅラ? あいつは寝取られが好きだ、寝取られ」

 昔馴染みだという銀さんに酒の席で桂さんのことを尋ねたらそう答えられた。ちなみに私が聞きたかったのは食べ物の好みとかそういうことで、決して性的嗜好を聞きたかったわけではない。しかし桂さんの情報には違いないので、私は「そうですか」と言って酒を煽った。

「まさかあの堅物野郎に女ができるとはなァ、まあよろしく頼むよ」

 そう言って銀さんは千鳥足で飲み屋を出て行く。別に付き合っているわけではないと否定するのも面倒で、残された私は一人寝取られについて考えていた。

 寝取られとは、恋人がいる女を無理やり男が抱くことだ。桂さんを興奮させるためには、桂さんの恋人となり他の男に抱かれる必要がある。桂さんを慕い続けて数年、桂さんのためなら何でもできると思っていたが、他の男に抱かれるのはどうだろうか。それで桂さんが興奮すると言うならかなりの変態だ。後日蕎麦をすする桂さんを見て、私は思わず呟いた。

「変態……」

 桂さんはすすっていた蕎麦を吹き出した後、慌てた様子で私を見た。

「何だ名前殿、武士を愚弄するか!」

「いや、私が桂さんの恋人になって他の男に抱かれたら、桂さんは興奮するのかなって」

 桂さんはみるみるうちに動揺した表情になった。その理由は私が恋人になると言ったからなのだろうか。それとも自分の性癖が知れ渡っているからなのだろうか。

「銀さんに聞きました。桂さんの好みは寝取られだって」

 私も蕎麦をすすろうとすると、物凄い勢いで肩を掴まれた。

「確かに俺の趣味は寝取られだ! だが俺が感情移入しているのは寝取られる方ではない! 寝取る方だ!」
「はぁ……」

 桂さんの大声に店内の人も驚いている。武士以前に指名手配中の攘夷浪士が大声でこんなことを叫んでいいのだろうか。

「だから名前殿はどちらかと言えば他の男と付き合って俺に寝取られてくれ!」
「じゃあ、誰か別の人と付き合えばいいんですか?」

 そう言うと、桂さんは考えていなかったとばかりに目を瞬いた。

「いや……名前殿が他の男と付き合うのは嫌だな……俺と付き合ってくれ」
「でもそれだと寝取られができなくないですか?」
「仕方あるまい。セルフ寝取られをしよう」

 桂さんは腕を組んで頷いた。今、話の流れで付き合うことになってしまったがそれでいいのだろうか。セルフ寝取られとはただの恋人同士のセックスにしか思えないが、桂さんは私とそれをしたいということなのだろうか。考えたら恥ずかしくなってきて、私は誤魔化すように蕎麦をすすった。桂さんは何故、平然としているのだろう。