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「俺達、もう別れるか」

 年の瀬に、尾形は小さく呟いた。まるで別れの日らしくない、平和な大晦日だった。テレビではどこかで聴いた音楽が流れており、テーブルの上には鍋が存在感を放っている。仮に今から別れたとしても、私達はこの鍋の片付けを一緒にやることになるだろう。

「あー……でも、折角だから年が明けてからにしよう。なんかめでてぇから」

 自分の髪の毛を触りながら、尾形は顔を上げた。私と別れることに大した感傷を抱いていないのかもしれない。それか、ずっと前から考えていたことなのかもしれない。私達の付き合いはいつだって薄氷の上を歩くようで、私達の間に「別れる」という選択肢は無数に存在したのだ。

「あけましておめでとう」

 遂に私達は別れずに元日を迎えた。年が明けたということは、別れる可能性が高まったということである。私の疑るような視線を受け、尾形は立ち上がった。

「初詣行くか」

 二人並んで近所の神社に出向き、賽銭を入れる。尾形は百円玉を入れるものだから、少し驚いてしまった。なんとく、この男が神に縋るところは想像しづらい。

「何て願った?」

 無粋とは思いつつも、私は尾形に尋ねる。尾形は自嘲するような笑みを浮かべ、冬空に言葉を浮かべた。

「今年こそお前と別れられるようにって願った」

 そう言う尾形を、酷く可哀想だと思った。別れようとしているのは自分のくせに、私を手放すことができないのだ。私にある種の依存をしているのだろう。だから神頼みをするのだろう。尾形にとって私は、毒であり薬でもあるに違いない。それでも隣から離れる気にはならなくて、私は力強く尾形の手をとった。