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 影山くんにとっての正月というのは、大会を控えた大事な時期であるとわかっている。勿論日々のトレーニングも続ける必要があるだろう。だが彼の部活仲間は、それぞれ初詣に行ったり遊んだりしていると聞く。ならば影山くんもそうしてもいいのではと思いつつも、少しの気の緩みも許さないのが彼らしさだろう。わかっていながら、少しは不満を言いたくなってしまう。

「お正月らしいこと何もしてないよね」

 今日は一月二日の夜だ。私達は二日か三日に一度通話をしている。正月休みの中でもその習慣は健在のようで、少し安堵している。

「でも普通に過ごしてるだけで幸せじゃないですか? 俺達」

 返ってきた言葉に思わず口をつぐむ。影山くんには、私を照れさせてやろうなどという魂胆は全くないのだろう。素でやっているのだから余計質が悪い。

「そういうところ! 口説かないで!」

 私が文句をつけると、影山くんは素直に謝った。

「すみません」

 電話の向こうは静かだ。時間を大事にする彼が、トレーニングをしながらではなく私の電話に集中してくれていることが嬉しい。

「俺の中では苗字さんがいることが普通なんです」

 またしても、甘い甘い言葉だ。影山くんにとっては、いや世間一般にとってはそうではないのだろうけれど、私の頭では簡単に変換されてしまう。

「だから口説くな!」

 口を開けば文句ばかりの恋人に素直に付き合ってくれる。影山くんは優しい人であると思う。彼からバレーは切り離せないのだろうけれど、いつか二人でゆっくり正月を過ごしてみたいと思う。そんな日が来るかは、わからないけれど。

 会話は全くスムーズではないのに、二人とも通話を切ろうとしなかった。