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 私は勇気を出して、尾形さんのことが好きだと言った。尾形さんは冷たいけれど、意地悪ではない人だ。気持ちには応えられないと断られるか、もしくは何らかの奇跡が起きて恋仲となれるか、どちらかだと思っていた。まさか、義理の弟を交えて会うはめになるなど思っていなかったのだ。

「尾形さん?」

 私はそっと問いかける。私も義理の弟――勇作さんと呼ばれていた――も困惑している中で、尾形さんだけが全てを知っていた。尾形さんは私の縋るような視線を受けて「ハッ」と笑う。なんとなく、私の気持ちを馬鹿にされたような気分になった。

「苗字。お前は俺のことが好きなんだったな」

 私は小さくなる。これほどムードのない場所で言わなくてもいいではないか。勇作さんに至っては、自分が場違いなのではないかとでも言いたげな表情で狼狽えている。

「なら、勇作殿とできるはずだよな」

 何を、とは聞かずとも尾形さんの瞳を見たらわかった。尾形さんは性的なことを言っているのだ。その口調は脅しのようであり狂気も感じられた。

「兄様? 何をおっしゃるのですか」

 あからさまに動揺した勇作さんを無視し、尾形さんは私に詰め寄る。

「勇作殿は俺より高貴なお方なんだ。俺とできて勇作殿とできないはずないだろ?」

 尾形さんは、何もかもを決めつけている。自分の頭の中で完結させている。私は尾形さんを好きだと言っても抱かれてもいいなど言っていないし、高貴さで尾形さんを好きになったわけではない。けれど、問題はもっと根深そうに見えた。私が言葉で説いたところで、尾形さんは納得してくれるのだろうか。尾形さんの真髄に届く言葉など、あるのだろうか。

「できません」

 勇作さんは相変わらず心配そうな顔をしていた。巻き込んでしまって申し訳ない。義理の弟とも関われるほど尾形さんに近付けてよかったと思えるほど呑気ではなかった。

「私が好きなのは、尾形さんですから」
「……そうかよ」

 尾形さんは目に見えて残念そうな顔をする。私の最大級の愛の言葉を受けてもなお、だ。この人を救える日は来るのだろうかと、私は思わずにはいられなかった。