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 夏油は人差し指で何度か机を叩いた。その小さな音が、二人しかいない教室に響いた。私達は約束したようにそこにいた。どちらかが呼び出したり、告白しようとしたわけではない。けれど私達はこれからの話をしなければいけないと、義務感のように感じていた。

「この先へ進めば」

 夏油はそこで言葉を切る。遠くで廊下が軋む音がした。もし誰かが外にいても、教室には入ってこられないだろう。それくらい、今の私達の空気感は異常だった。

「必ず私は君を失うだろう」

 夏油は、変わりつつある。私はわかっていた。私だからわかっていた。夏油の進む先がどこなのかはわからないけれど、夏油はきっと遠い場所へ行ってしまう、そんな予感があった。夏油は机に置いていた指を持ち上げ、膝の上に置く。

「それでも私は君が欲しい」

 私の喉がごくりと鳴った。熱烈すぎる愛の言葉だった。いつか終わるとわかっているのは悲しいことなのかもしれない。けれど、それでも欲しいと言われるのは、その悲しさをかき消してしまうくらい高揚する。そう、「嬉しい」ではなく、私の体の中の水分が全て沸騰するかのように、体が燃え上がるのだ。冷静に考えるのならば、私は夏油について行くべきではないだろう。でも、今の私は到底冷静などではいられなかった。夏油は私がこうなることを理解していて、言葉を選んでいるのかもしれなかった。

「ついてきてくれるかい?」

 夏油がそう言った時、私は立ち上がる。立ち上がって、何をしたいのかわからない。ただその時の熱を全て瞳に込めて、夏油を見下ろした。夏油は自席に座ったまま、口角を僅かに上げた。