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 私の近所には、ヒャクノスケくんという子がいた。彼はいつも一人で空を眺めているか、銃で獲物を捕まえていた。子供ながらに、彼の浮世離れした雰囲気を感じ取った。それでも、同じ歳の頃の子供ならば一緒に遊びたいのではないか。私は、ヒャクノスケくんを遊びに誘った。私と遊ぼうよ、というものだ。彼は首を振った。女子と二人で遊ぶのが嫌なのかと思い、私の兄もいるのだと話した。けれど彼は、頷くことをしなかった。

「何でかなぁ。一緒に遊べばきっと楽しいと思うんだけど。私はお兄ちゃんと遊ぶの楽しいよ」

 ヒャクノスケくんを遊びに誘うのは諦めていたが、私は彼が一人の時、隣に並ぶことが増えた。会話をしているというより、私が一方的に話しかけているような状態だ。返事はほぼない。暗くなる前に帰ろうと立ち上がった時、唐突にヒャクノスケくんが口を開いた。

「兄貴ってそんないい奴なのか」

 私はヒャクノスケくんの家族について聞いたことがなかった。というより、ヒャクノスケくんのことを何も知らない。もしかしたら、ヒャクノスケくんは大家族の長男で日々弟妹の面倒を見ているのかもしれない。

「うん、凄くいいものだよ。家族って」

 私はそれだけ言い残してヒャクノスケくんの元を離れた。それから、ヒャクノスケくんはいつもいる草原に来なくなった。話しかけることすらできないのかと、私の気が沈む。ヒャクノスケくんが家族に向き合うようになり、家族の時間が増えたのならそれでいいとするか。私が帰宅すると、兄は血まみれで倒れていた。頭には銃で撃たれた跡があった。私は声も上げずに立ち尽くし、やがて思い出したように走り出した。

 ヒャクノスケくんは、私が来ることをわかっていたかのようにそこにいた。少し前まで全然来なかったくせに。私の青白い顔を見て、ヒャクノスケくんは目つきを鋭くする。

「これでお前も欠けた人間になっただろ?」

 その一言で、ヒャクノスケくんがやったのだとわかった。ヒャクノスケくんは無愛想だけどいい子だと思っていたのに。裏切られた、という思いの方が強かった。

「何でそんなことするの?」

 ヒャクノスケくんは、恐らく「欠けた」人間なのだろう。私が無意識に、ヒャクノスケくんを怒らせてしまったのかもしれない。でも、何故私を同じ目に遭わせるのだろうか。ヒャクノスケくんからは怒りも憎しみも見えない。ただ自嘲するような笑みを浮かべている。

「さあな、俺が知りたいよ。教えてくれよ、どうして俺はお前に執着しちまうのか」

 その表情を見て、私はもうヒャクノスケくんを救えないのだと思った。関わってはいけなかったのだ。でも、関わってしまった。私達は一緒に地獄に落ちるしか、ないのだろうか。