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 尾形さんに付き合おうと言われた時――正確にはそんな誠実な言葉ではなかったが――私は罪悪感に襲われた。尾形さんが前世の記憶を持っていないようであるのに対し、私は前世のことを覚えていたからだ。私だけ過去の尾形さんを知っている。その不公平さが、私を蝕んでいった。

 私の好きは本物だけど、尾形さんの好きは本物ではないのではないか。そう言ったら、尾形さんはきっと気を悪くするだろう。でもそう思わずにはいられなかった。尾形さんは、多分前世の全てを忘れているわけではない。私に惹かれたのだって、きっと昔の気持ちの名残だと思うのだ。

 私達の付き合いは綱渡りのようになった。段々と私が尾形さんを騙しているという事実に耐えられなくなったのだ。

「ごめんなさい」

 真冬日の東京にて、私は立ち止まった。雪は降っていなかったけど、北海道ではきっと降っているだろう。もしここが雪原だったら、尾形さんは私を思い出すだろうか。

「私、前世からあなたのことを知ってるの」

 記憶のない人からすれば、突然おかしなことを言い出していると思うだろう。それでも私は合理的に説明するなどできなかった。恋や愛という感情を前にして、言葉は無力だ。尾形さんは猫のようにじっと私を見ていたが、やがて「ハッ」と笑って髪をかき上げた。

「当たり前だろ。お前みたいな奴二回も好きになるか」

 私の周りだけ時が止まったような、不思議な感覚に陥る。しかし当たり前に時間は流れていて、周りの人々が不思議そうに私達を避けて歩いていく。尾形さんは、得意げに私を見ていた。

「覚えてるの……?」

 恐る恐る紡いだ言葉に、尾形さんは「だからそう言ってるだろ」と返す。全て、騙されていたのだ。いや、尾形さんは記憶がないなど言わなかったから、私が勝手に勘違いしていたにすぎない。単純な私を笑うように、尾形さんが楽しげな目を向けていた。