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 苗字から告白された。俺は恋愛に疎いと思っていなかったが、どうやらそのようだ。毎日同じ教室で過ごしていて、苗字が俺を好いていることなど全く気付かなかったのだから。苗字が隠すのが上手いのだと言われればそれまでかもしれない。とにかく、俺の女友達の中で一番(いや、むしろ唯一の女友達と言っていい)の苗字が俺に恋愛感情を抱いていたということは、俺に少なからず衝撃を与えた。

 付き合ってもいいのではないか、と思う。けれどそれはいつも苗字に親切にされているお返しのような気がして、そういった気持ちで付き合うのは不自然なのではないかと思い直した。苗字を前にして異性としていられるかもわからなかった。ごめん、と俺は言った。苗字とは友達でいたかった。苗字もまた、俺に変に執着せず明日からは元通りでいてくれるだろうと思っていた。

「そっか」

 苗字は悲しそうに笑って、俺の元を離れる。そういえば、明日からは三連休で苗字と会わない。苗字もこのタイミングを狙っていたのかもしれないな、と思った。

 暫く時間が経った。休みが明けて、俺は教室へ入る。断ったくせに俺は苗字のことで頭がいっぱいだった。俺は苗字を失いたくないのだと、その時になって気付いた。

「おはよう」

 普段は苗字からしている挨拶を俺からする。苗字は目を伏せた後、「おはよ」と小さく言った。快活な苗字らしくない、素っ気のない返事だった。

 それから何日経っても、苗字の素振りは戻らなかった。俺が話しかければ応対するが、まるで男子を毛嫌いする女子中学生のように、素っ気ない態度をとられる。俺は呆然としていた。寂しい、と思ってはいけない。俺がフったのだ。こればかりはどうにもならないと思いつつも、抗いたいと思ってやまない。俺は苗字と友達でいたいから断ったのに、友達ですらいられなくなるなんて、誰が想像しただろう。俺の選択肢は、最初から恋人になるか他人になるかしかなかったのだ。女友達など作らなければよかった、と思っても、苗字のことだけはどうも恨めなかった。