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 破格というほどではないが、相場を考えれば安い家賃だった。それが何を示すかを考えずに入居した私が悪いのだ。けれど、こればかりは簡単に行くものではない。

「どうしたの?」

 カフェでスマートフォンと睨めっこをしていると、どこからか南雲さんが現れた。南雲さんは神出鬼没の人なので、どうして現在地がわかったのか、など聞くのは野暮である。

「住んでる所が事故物件だったんです」

 南雲さんは「へぇ」と言い、いつの間に買ったのか手元にあるコーヒーを飲む。南雲さんを頼ることもできるだろうが、彼から紹介される物件など事故物件よりも危ないものかもしれない。私は物件検索タブを閉じ、スマートフォンを置いた。

「でもいいんです。今度は家賃の高いところに住むから」

 南雲さんは何か言いたそうにしていたが、「頑張ってね」と言うとまたどこかへ消えてしまった。私はすぐに不動産屋へ連絡をとり、引越しの手配をする。事故物件になど住んでいられない。引っ越しは一週間も経たずに決まり、事故物件どころか築年数の浅い小綺麗な部屋に私は住居を移した。ここから私の新生活が始まるのだ。簡単に荷解きをし、その晩は寝た。翌朝起きたのは、激しい破壊音のせいだった。

 目覚めたら、ガラスが割れていた。それだけではない。激しい戦いの痕跡の上に、男が一人倒れていた。辺りには派手に血が飛んでいた。私は慌てて警察を呼んだ。殺し屋同士の諍いということだった。部屋作りを全てしていなかったのが幸いだ。私は段ボールをそのままに、また新たな引っ越しの手配をした。今度は殺し屋が入り込んでくることもなさそうな、高層階のマンションにした。

 今度こそは、という思いで私は新居の布団に入る。まだベッドは届いておらず、床に布団を敷いて寝た。次に目覚めた時、部屋の中心には切断された遺体があった。

 私が連絡したのは、警察ではなく南雲さんだった。なんとなく、そうするべきだと思ったのだ。私は何と説明したのか覚えていない。南雲さんはわかっていたかのように平たい声を出した。

「じゃあ僕の家来なよ」

 次の引っ越し先が決まった。今度は絶対、安全な家だ。今回の事件も前の家での襲撃も、もしかしたら最初の家の事故も、全部南雲さんがやっているのだろうと思った。けれどそれを言えずに、私は南雲さんの家の住所をメモした。