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 良い雰囲気だったと思う。家に招くと言った時、聖臣は緊張すらしているようだった。その落ち着きのなさが伝わってきて、電車の中で私は小さく笑う。恨みがましい視線に「別に」と言って、駅から徒歩十二分の私の家へ案内した。聖臣のまとう空気が変わったのは、私が部屋のドアを開けてからだ。

「こんな汚い家で寝た体で俺に触れたのか」

 一応、人を上げる以上片付けてはいた。だがそれは不潔なゴミや埃程度のもので、乱雑に積まれている本や段ボールはそのままだった。別に聖臣もそこまで気にしないだろう、と思ってのことだったが、聖臣は不快だとばかりに眉をしかめている。

「引っ越せ」

 部屋が汚い原因は私によるもので、物件のせいではない。私が住む限り、部屋は汚くなるだろう。そこである考えが浮かんだ。聖臣は私だけで住むことを想定していないのではないか。

「それってもしかして同棲……」
「なわけないだろ」

 言いかけた言葉を遮られる。甘い空気にはならないようだ。聖臣は堂々とベッドに座っていた。それなのに、到底性行為が始まりそうな雰囲気ではない。

「実家に戻って家事でも練習しろ」

 むしろ、たまに一人暮らしの子供の部屋を覗きに来る母親のようだ。お家デートが失敗に終わり、私は肩を落とした。この歳で実家に戻るとは、なかなかシビアだ。

「花嫁修行だろうが」

 見かねたように聖臣が言うが、私の心は上を向かない。むしろ、この細かい人と一生一緒にいなければいけないのか、という絶望の方が大きい。彼氏に将来を約束されて落胆することもあるのかと、私は新鮮に驚いていた。

「結婚したら掃除は聖臣が担当してくれない?」
「いいけど床の上にあるお前の荷物は全部捨てる」

 私は泣きたいような、嬉しいような気持ちに見舞われた。私の人生は前途多難だ。