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 今日は担任に贈る花の集金だということをすっかり忘れていた。私の財布の中には小銭程度しかない。どうしたものかと思っていると、隣にいた及川が私の分まで払ってくれた。普段子供のような姿を見せるくせに、格好いいところもあるものだ。私は財布をしまい、及川と教室の片隅に並ぶ。

「いつ返そうか」

 私達の卒業は近い。及川は卒業後すぐ海外へ行ってしまうのだから、返すタイミングはほぼないと言えた。及川の家へ私がお金を持って行ってもいいけれど、そういったプライベートの付き合いは及川が嫌うのではないかと思った。特に、私には。

「俺が東京オリンピックで戻ってきたら返して」

 及川は真面目な口調でそう言った。私は思わず及川を見る。及川は未来だけを見据えているかのように、前を見ていた。

「その時に結婚してても俺のことどうでもよくても返しに来て」

 東京オリンピックはニ〇ニ〇年だ。その時、私達がどうなっているかわからない。今ある淡い思いだって、高校生だからだと言えるだろう。離れ離れになった私達は正しく恋を続けられているのか。その自信がなかった。

「お前は金銭面きっちりしてるだろ。信用してるからな」

 冗談めいた口調で及川が言う。確かに、及川にお金を借りたままというのは嫌だ。及川に渡せないまましまい込むものを、これ以上増やしたくない。でも、及川は海外に行って何年も経ってまで、私を解放してくれないのだろうか。

「結婚してもまた会うのは酷くない? 忘れさせてよ」

 大した思い出もないくせに、私はそう言った。私達はお互いに想い合うだけで、手を繋いで歩いたことなどなかった。ただ、相手を想う気持ちは胸が苦しくなるほど純粋なものだった。

「嫌だ。何度でも思い出せ」

 及川は私を許してくれなかった。及川は、私よりバレーを選んだ自分自身も許していないのかもしれなかった。これは私達への呪いだ。高校時代に成就できなかった想いに、私達は一生がんじがらめになる。