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「君の好きな人がターゲットになったよ」

 南雲さんは、まるで出張の行き先が決まったとでも言うように口に出した。南雲さんは優秀だと聞いている。日本各地へ派遣されることはあるだろうが、その先で普通のサラリーマンのように商談などすることはないのだろう。意識が別の方へ逸れかけている私の元へ、南雲さんが問いかける。

「どうする?」
「え?」

 私は顔を上げた。南雲さんは殺し屋だ。依頼を受けたら殺すだろう。そこに選択の余地があると言うのか。

「僕なら彼の死を偽装できる」

 答えのように南雲さんは言った。南雲さんが殺し屋の中でどれほどの地位にいようと今更驚かない。けれど、見逃すのは私のためでしかないだろう。南雲さんの殺し屋としての権力を、私のために使うということは違和感があった。私は南雲さんの恋人でもなんでもないのだ。

「そこまでしてもらったら、私は南雲さんに何もしないわけにはいかない」

 私が言うと、すかさず南雲さんから声が飛んだ。

「そうだよ?」

 その瞳は底知れない闇を抱えている。表情のない顔で、南雲さんは私を覗き込んでいた。

「だからどうする? って聞いてるんだよ」

 初めから、二択だったのだ。想い人を殺されるか、南雲さんの言う通りになるか。そして後者では、私は南雲さんに恋人としての何かを求められるのだろう。南雲さんの好意に気付かないほど、馬鹿ではなかった。

 私は覚悟を決め、顔を上げる。南雲さんは既に答えがわかっているかのように楽しそうな表情をしていた。