▼ ▲ ▼

 最初は抵抗のあったお高めの料亭ももう慣れてしまった。それも全て、私に回される相手のスペックが足りないせいである。

「私は最低限国立大学出身を求めてるんです」
「うん」
「何ですかJCCって! 自動車学校ですか?」

 自己紹介を終え、詰め寄る私に対し彼は呑気な笑みを浮かべた。私が登録している結婚相談所は、所謂ハイスペ志向だ。彼もそこに登録するくらいなのだから何かしらの長所は持っているのだけろうけれど、大卒以下という点で論外である。やんわりとお断りをする余裕も持ち合わせておらず、私は婚活の鬱憤をぶつけるかのごとく彼にかみつく。

「JCCはJCCだよ。ほら、専門学校みたいな感じ」

 目の前の男――南雲と名乗った――の優れている点など、せいぜい身長と顔くらいなものだろう。イケメンが好きではないと言えば嘘になるが、結婚するからには安定した収入が欲しい。まだ年収は深堀りしていないけれど、このルーズさを振り撒いている男が高収入とはとても思えなかった。

「呆れた……」
「手厳しいなぁ〜。ちゃんとライセンス持ってるんだよ?」

 南雲さんがカードケースを漁るので、私はそれを止めた。資格がある仕事と言ったところで、弁護士、司法書士などの士業でなければ意味がない。そういった資格は大学に行かなければとれないだろう。

「うーん、じゃあ見せてあげるよ」

 何を? と聞く前に、南雲さんが席を外した。どうせノコギリでも持ってきて、力強いアピールでもするのだろう。そう思って待っていると、十分経たないうちに彼は帰ってきた。ノコギリは持っていない。格好も出て行った時と変わらないものである。

「君の会社の社長殺してきたから君今日から無職だね。高望みできなくなっちゃったなぁ〜。専業主婦希望なら受け入れてあげてもいいよ?」

 私は何を言われているのかわからなくなった。社長を殺した? どうして仕事の話から殺しの話になるのだろう。混乱する私の前に、「ほら」と南雲さんがカードを差し出す。そこには、「日本殺し屋連盟」と書かれていた。南雲さんは、殺し屋だったのだ。

 高収入と言えばそうなのだろうけれど、私に吠え面をかかせるために殺しまでする精神は受け入れられない。ここで態度を変えて結婚を前提に付き合って欲しいなど言えば、それこそ南雲さんの思う壺だ。

「絶対ハイスペは諦めません!」

 私はきっと南雲さんを睨んだ。南雲さんは相変わらずの笑みを浮かべて、「ここにいるんだけどなぁ」とぼやいていた。